港北ニュータウンのKさん

日吉通信(H21年10月31日)
秋も日々深まってゆく今日この頃ですが、皆さん如何お過ごしでしょうか?
今月は中国広州で勤務していた次男夫婦が5年ぶりに帰国(国内勤務復帰)したり、高校時代の親友夫婦が久しぶりに上京し旧交を暖めたり、港北区ウオーキングに参加したり・・・と慌しく過ぎました。これから年末にかけても色々な予定が目白押しで、今年もアッ云う間に過ぎ去ってしまいそうです。

<横浜開港150年ウオーキング>
21日には港北区主催ウオーキング(第二回)に参加してきました。先月の第一回はまだ夏の暑さが残っており強行軍にバテてしまいましたが、今回は絶好の秋空に恵まれ気持ちよい汗を流す事が出来ました。この度のウオーキングは横浜開港150年を記念して開港当時の歴史を辿り、また市が所有する快速艇で現在の横浜港を海から眺めて見ようと云う趣向でした。
朝9時半に元町中華街駅に集合、準備体操を済ませてから前回同様30名ほどのグループ(2組)に別れて出発しました。歩いたのは元町中華街周辺とみなとみらい地区でしたがあちこちに開港当時の史跡が今も残っている事を知り驚いてしまいました。ジェラールの水屋敷,元町代官屋敷,わが国最古の公園(横浜公園)などなど3時間ほどで30ヵ所を回る駆け足でしたが、新しい発見に疲れも忘れるほどでした。
ウオーキングを終えた後に昼食を済ませ、大桟橋から高速艇に乗り込み1時間ほど港内をクルージングしました。この船は“横浜市海事広報艇「はまどり」”と云い、総トン数299トン,乗客定員96名の豪華快速艇で、こんな立派なものが市の財産にあったのかと感心?してしまいました。総トン数299トン,乗客定員96名と云う中途半端な数字は、呉の海上自衛隊のプールの長さが49.9m(50mでなく)であるのと何か共通なもの(役人の知恵)を感じてしまうのは私がひねくれているせいでしょう。心地よい潮風を肌に感じながらいつもとは違う視点から港の風景を楽しむ事が出来て大満足しました。
リタイア後横浜に住むようになりもう8年目ですが、住めば都と云う様に私も少しずつ横浜に愛着を感ずる様になっています。東京に比べると街のテンポも少しスローで落ち着いており、歴史的背景が醸し出すレトロでハイカラな雰囲気はやはり独特なものがあると思います。
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写真;横浜港クルージング(ベイブリッジ)
<港北ニュータウンのKさん>
港北ニュータウンのKさん夫妻との交流は、数年前たまたまWeb 上でKさんのホームページを見つけメイルを出した事から始まりました。当時私は英国旅行を計画中で、Kさんの旅行記の内容について質問(メイル)したのですが、早速に親切な回答を送って戴き恐縮しました。
氏は某有名企業に勤める技術者だったそうですが、早期退職を決断し一足早く第二の人生に入られたユニークな人物です。特にスキーがお好きだそうで、毎年の様に夫婦で海外や国内の有名なスキー場へ出かけ長期滞在しておられます。年齢は私より若いのですが多趣味で各方面に幅広い交流があり親しい友人を沢山お持ちです。私にとってはまさに夢のようなシニアライフを実現させている理想のご夫婦に見えました(とても真似は出来ませんが・・・)。
当初は所謂メルトモとしての表面的なお付き合いでお互い住所も知らぬ間柄でしたが、交流が進むにつれ何と同じ横浜市民である事が分かりびっくりしてしまいました。一昨年奥さんが大病を患い一年近く闘病生活を送られ大変心配したのですが、昨年はじめには無事退院され自宅療養を続けられた結果日々快方に向かわれています。
昨年暮には奥さんの気分転換を兼ね夫婦で我家を訪ねてくださったのですが、大いに会話が弾み楽しいひと時を過ごす事が出来ました。奥さんは想像していた以上にお元気で、若く溌剌としておられとても親しみ易い印象を持ちました。お互い全くの初対面でしたが、旧知の間柄のような錯覚を覚えたほどです。
先日Kさんより連絡があり、自宅でのバーベキューのお誘いを受け家内とKさん宅にお邪魔してきました。お宅は港北ニュータウンにあり、広々とした芝生の庭がある一戸建てです。築20年だそうですが、落ち着いた周りの静かな環境に溶け込んでいました。ペットに茶トラの猫ちゃんがいるのですが、名前をCHARCHAと云いKさんのホームページのタイトルになっています( CHARCHA-HP で検索してみて下さい)。
ご馳走になったバーベキュー(秋刀魚,ニシン,牛肉,ホタテ,エビ,野菜のホイル焼きなどなど)を庭先でほうばったのですが、野趣満点で大変美味しくKさんの料理の腕前には本当に脱帽しました。
次回は是非我家に来て戴き、南アフリカ仕込み?の焼肉(ブライ)を振舞いたいと思っています。
食事後しばし居間で寛いだ後、四人で近くの公園にある小山に登りました。ここからは横浜市周辺が360度展望でき、遠くに富士山や三浦半島,房総半島までも望める絶景ポイントで都会のど真ん中にこんな所があるのかと驚いてしまいました。
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写真;Kさん夫妻(左)と…自宅近くの公園にて
前にも書いたことがありますが、私の性格はまことに非社交的で、自分から進んで人の輪に加わったり初対面の人と自然に打ち解ける事などは全くの苦手です。現役時代は仕事という強制力が働くので、これが交流のきっかけを作ってくれる場合もありましたが、シニア生活に入ってからはそれも無くなってしまいました。
今も親しく付き合っている友人は、学校や会社時代の仲間、それに海外で知り合った外国の知人など限られています。 Kさん夫妻の様な方との交流は私にとってはまさに例外中の例外で、貴重な財産としで今後大切にしてゆきたいと考えています。
おわり

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初秋のウオーキング

日吉通信(H21年9月28日)
今年の夏は親戚に病人が出たため旅行など遠出は控えておりました。先月はかなり重篤な状態に陥り皆大変心配したのですが、今月に入ってから少しずつ快方へ向かい現在は退院目前の段階にまで来て一安心しているところです。生きている喜び、健康である事の大切さを心底より想った二ヶ月間でした。
今月は後半になって何度か出かける機会があり、久しぶりに家内と近場のウオーキングを楽しみました。
来月には中国広州で勤務している次男が妻を連れて帰国します。5年間の長期駐在でしたが無事に帰ってきてくれる様で本当にホッとしています。

<三浦半島ウオーキング>
22日の祭日には大学時代の仲間で今も親しく付き合っている友人夫婦と三浦半島の荒崎海岸方面へウオーキングに出かけてきました。京急線終点の三崎口駅からスタートしたのですが、このあたりは初めての場所なので土地勘のある友人のリードに全面的に頼ってのウオーキングでした。
はじめは曇天で涼しかったのですが、お昼に近づくにつれ日差しが強くなり帰る頃には顔も腕も真っ赤に日焼けしてしまいました。湘南の海は思いのほか美しく澄んでおり、遠く江ノ島を望む海原には沢山のヨットや釣り船が浮かび何とも云えぬ磯の香と合わせ瀬戸内海の懐かしい風景を思い起こしてしまいました。広々とした海を眺めるのは本当に気分の良いものです。
約2時間強のウオーキングでしたが、起伏のあまり無い平坦なコースだったため久しぶりの運動にもかかわらずバテる事もなく気持ちよい汗をかく事が出来ました。最終目的地の荒崎海岸は波に浸食された奇岩怪石が延々と連なっている名所で、大勢の行楽客で賑わっていました。
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写真;三浦半島・荒崎海岸
友人の話ではこの近くの高台に旧帝国海軍最後の大将、井上成美の記念館があるとのことで、何度も地元の人に尋ねながらあちこち周辺を探し回りました。
恥ずかしながら私は井上成美について知りませんでしたが、友人は本を読んで詳しく知っておりその高潔な人柄に心酔している様子でした。そこは小さな民家の中にあり記念館と呼ぶには相応しくないささやかな所でした。
井上成美を知る一部の心ある人たちが今も訪ねて来る場所の様で、一般の人がここを探し当てるのは至難の業と云えるほど辺鄙で寂しいところでした。私もこれを機会に遅ればせながら井上成美について勉強してみようと思っています。

<港北区歴史探訪ウオーキング>
港北区主催の標記ウオーキングのオリエンテーションが7月に開催された事は以前紹介しましたが、26日にその第1回(12月まで毎月一回)が実施されたので家内と参加してきました。集合場所は市営地下鉄ブルーラインの中川駅で、港北ニュータウンの中にあります。参加者は約60名で世話役のスタッフが10名ほどついてくれました。大半はシニアのご婦人方でしたが、男性軍も15名近くはいたと思います。大人数のため2グループに別れての行動となりました。
今回のコースは大山道(江戸時代以降東海道の脇往還として賑わう)を辿る歴史探訪のウオーキングで昼食を含め5時間ほどの道のりでした。殆どが名も無い小さな社寺仏閣や宿場跡、古墳などの遺跡を巡りました。
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写真;港北区歴史探訪ウオーキングの風景
私の興味を引いたのはあちこちで見た“庚申塔”で、これは三浦半島のウオーキングでも目にしました。
庚申講とは人間の体内にいる三尸虫という虫が、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをする風習の事だそうで、土着の民間信仰として明治時代ころまで広く各地で行われていたそうです。これは私にとっては初めて知るところで、大変面白い勉強になりました。
当日は晴天で日差しも強かったため参加者にとり5時間のウオーキングはかなり過酷だったのか後半足を引きずっている人たちを多く見かけました。私の万歩計ではカウンターが25000近くになっており、これほど歩いたのは本当に久方ぶりの様に思います。

20日の日曜日には千葉に住む家内の兄夫婦と横浜で数年ぶりに会いました。中華街で食事をしたのですが、これまで経験した事の無い物凄い人出に圧倒されました。呉の亀山神社の秋祭りの人出に匹敵するほどの人混みでした。
本当は横浜開港150年博覧会を見に行きたかったのですが、尋常ならざる人ごみに恐れをなし早々と諦めました。代わりに山手地区の外人墓地や洋館を何軒か訪ねて帰途についたのですが、大都会の連休中の雑踏のすざましさ・・・車も然りですが・・・は忘れない様に肝に銘じておかねばならないと痛感した次第です。
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写真;開港博で賑わう「みなとみらい」
おわり

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麦草峠ハイキング

日吉通信(H21年7月29日)
関東地方は梅雨明け宣言後も一向に夏空が現れず蒸し暑くうっとうしい天気が続き、また西日本では今も豪雨による甚大な被害が報じられています。我々の少年時代の”日本の四季“が昨今狂ってきつつある事を実感します。現在の高温多湿や局部集中的な豪雨は、国土が亜熱帯性気候に変化し始めている事実を明瞭に物語っている様に思います。
地球温暖化防止は全世界喫緊の課題であるにもかかわらず、各国のエゴが優先し一向に具体的な動きが出てこないのは人類の将来にとって実に深刻な問題ではないでしょうか。

<麦草峠ハイキング>
22日には大学時代の友人夫婦と日帰りのハイキングに出かけてきました。
大手旅行社の募集するウオーキング目的のバスツアーに申し込んだのですが、横浜駅を早朝に出発し中央道を走って八ヶ岳山麓(小海町)の八千穂高原と麦草峠近辺の二ヶ所をそれぞれ一時間半ずつトレッキングすると云う初級コースでした。
当日は丁度皆既日食の日に重なり全国的にお天気が注目されましたが、我々が横浜駅を出発した時は大雨の中で、参加者は皆心配そうな表情をしておりました。
幸い内陸に入るに従い雨は曇りに変わり、ハイキングを始めた頃には薄日も差してきて海抜2000mの初夏の高原の自然を存分に楽しむことが出来ました。ツアーの参加者は40名ほどで中年女性のグループやシニア夫婦、それに夏休みの小学生連れの家族など様々でしたが大半はリピーターで、山歩きに慣れている人たちが殆どの様でした。我々夫婦にとっては久しぶりのトレッキングだったため、当初一行の歩行ペースに合わせるのに息切れしましたが、後半は徐々に慣れてきてウオーキングを楽しむ余裕も出てきた様に思います。
麦草峠や白駒池には数年前にも家内と出かけた事がありますが、当時に比べるとかなり体力の衰えが進行しているのを痛感しました。これからは努めて毎日歩く習慣を身につけ、今回のような企画にも積極的に参加して足腰を鍛え元気溌剌としたシニアライフを送りたいと思います。
今回一緒した友人夫婦とはこれまでにも何度も旅行や散策を楽しんでいる間柄ですが、大学時代の同じゼミ出身で良く気心が知れており、またお互い家庭の事情など似たところも多いため不思議と波長が合い夫婦同士で親しくさせて貰っています。次回またどこか一緒に出かけようと約束してバスを降りました。
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写真:ゴールの麦草峠(2127m)へ

<ニュージーランド人家族との集い>
今月はじめ大倉山にある港北区役所へ家内と“港北ウオーキング”のオリエンテーションに出かけてきました。区の生涯学習支援係が主催する行事に応募したら運良く当選したためで、9月から12月まで4回にわたり実施されるウオーキングのオリエンテーションと全員の顔合わせを兼ねた行事でした。趣旨はウオーキングを楽しみながら横浜の歴史や文化遺産を訪ねて歩く内容で、当日は約50名が集まりました。
この様な企画は時々募集があるのですが、かなり競争率が高く我々にとっては二度目の幸運となりました。特に私たちの様なヨソ者にとっては、ローカルな歴史や文化を学べる機会はなかなか無く貴重なものです。前回は実現出来ませんでしたが、今回はこの企画を通じて何人か親しい友人(出来れば夫婦で)が出来ればと期待しているところです。

また先日は我家近くの下田自治会館で「ニュージーランド人家族を囲む集い」が催されたのですが、興味があったので家内と出かけてみました。自治会館と云っても冷房設備など無く床に座布団を敷いて座ると云う実に前近代的な施設ですが、暑いなか40名以上の人たちが集まっていました。
参加したニュージーランド人家族は計6名でしたが、17年近くも東横線沿線に住んでいるそうで日本語も堪能で親しみの持てる楽しい一家でした。約2時間ほどでしたが、クイズ形式やコーラスを交えてのニュージーランドの歴史や文化の紹介、また先住民マオリの言語の解説などもあり楽しい時間を過ごす事が出来ました。
有名な蜂蜜「マヌカハニー」が景品のクイズでは、ニュージーランドの国旗を描けとの問題が出たのですが、ほとんど当てずっぽうに描いた絵が見事最優秀に選ばれ高価な蜂蜜を手にすることが出来幸運でした。殆どの人はオーストラリアの国旗と混同した様でしたが、彼らの隣国に対する強い対抗心を知ることができ興味深く思った次第です。ニュージーランドには5年前に家内と10日間ほど旅行した事がありますが、美しい自然と静かで清潔な国土はまさに地上の楽園にふさわしいと思いました。これを機会にまた将来ニュージーランドを訪れてみたいものです。今回の行事は地元自治会の企画によるものですが、この様な地道な草の根の国際交流は大変意義深いものであると感じています。
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写真:ニュージーランド人家族との集い(下田自治会館)
かなり以前から自宅のノートパソコンの調子が悪くなり不安に思っていたのですが、ついに先日ダウンしてしまいました。量販店の修理窓口に持って行くと中のデータは最初から犠牲にして新品のハードデイスクに交換してしまう苦い経験を過去にしていましたので、今回は日吉駅近くの小さなパソコン修理専門店に持ち込みました。
幸な事に担当者は大変親切で腕のいい方で、ハードデイスクの交換やソフトの再インストール,データの復旧など短期間でやってもらいました。危険を予知して外付けハードデイスクにバックアップデータを取っていましたので被害最小限で済んだのは不幸中の幸でした。
この際新しいパソコンに更新しようとも思ったのですが、この秋にウインドウズ・セブンが発売されるので、初期トラブル対策が一巡する1年後くらいに購入するのが賢明だそうなので、あと一年は現在のパソコンとの付き合いを続けるつもりです。それにしてもハードデイスク交換後のパソコンの動作が速くなったのは驚きです。自分自身の脳みそも、寿命の来たハードデイスクと似ているなとフと思ってしまいました。
おわり

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美ヶ原高原へ

日吉通信(H21年5月31日)
梅雨入りも目前を想わせる蒸し暑い日が続いておりますが、皆さん如何お過ごしでしょうか? ゴールデンウイークも遠い昔になってしまいましたが、それぞれに有意義に過ごされた事と存じます。 当方は連休に中国・深圳より次男夫婦が帰国しましたので、家内ともども民宿の従業員の様な日々を送りました。 
丁度新型インフルエンザが世界で猛威をふるい始めた時期にぶっつかり影響を心配しましたが、さいわい入出国時のトラブルに巻き込まれる事も無かったようで安堵しました。
政府や地方自治体は今回の出来事を絶好のケーススタディと受け止めて、将来のパンデミックの脅威に備えて欲しいと思います。
昨日は御茶ノ水で大学時代のゼミの総会があり25名が集まりました。同期の仲間も4名が顔を出し旧交を温めました。久し振りに恩師の講話を聞いたのですが、いつの間にか大学時代の昔に戻っている自分を見つけ不思議な気持ちになってしまいました。
また先週は懸案だった父の快気祝いを日吉駅近くのフレンチレストランで行いました。
4人の息子・娘とその配偶者が集まりましたが、当日は丁度父の95歳の誕生日とも重なり皆で両親の健康と長寿を祝福しました。
<美ヶ原高原>
連休の殺人的な大渋滞や人混みの収まった一週間後に、家内と前々から訪れたかった美ヶ原高原へ一泊ドライブ旅行に行ってきました。日曜日の早朝我家を出発、3時間弱で八ヶ岳山麓(甲斐大泉)にある妹夫婦の山荘に到着ししばし歓談しました。ここは子供が小さい頃より何度も訪れており、山荘を足場に山梨県や長野県の自然や名所旧跡をあちこち訪ね歩いてきました。妹夫婦はこの山荘を若い頃(30年位前)に建てたのですが、ここは特に冬場の雪や寒さが厳しく建物を維持するのは大変な様です。ただこれまで長い年月楽しんできたので十分に元はとれたと話しています。
昼前に山荘に別れを告げ、八ケ岳山麓の一般道路を走って美ヶ原高原を目指しました。途中考古学で有名な尖石(とがりいし)遺跡を訪ねました。博物館で見た有名な“縄文のビーナス”と呼ばれる土偶は4000年前の作品とは思えぬほどの繊細な美しさで感動しました。この土偶は年内にパリの美術館へ貸し出す事が決まっているそうです。
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写真;蓼科高原イングリッシュガーデン“バラクラ”
その後蓼科高原の有名なイングリッシュガーデン“バラクラ”を訪れ、庭園のテラスで遅い昼食をとりました。ここは二度目の訪問でしたが、ガーデニング好きの家内はいつまでも立ち去りたくない様子でした。
その後つづら折のビーナスラインの急勾配を走破し標高2000mの美ヶ原高原まで一気に上りましたが、到着した時には日も傾き一部雪の残った山肌を高原の冷気が通り抜けていました。
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写真;美ヶ原高原山頂よりの眺望
宿泊した山頂のホテル(美ヶ原高原ホテル「山本小屋」)は、もともとは登山者の山小屋として建てられたものだそうですが、自動車道路が開通した後にホテルに改装されたとのことです。
連休中は毎日80名の宿泊客で賑わっていたとの事ですが、当日の宿泊者は我々夫婦の他一人の計3名だけでホテルには申し訳ない様な状態でした。夕食後温泉に入った後でホテルのご主人(3代目とのこと)より一時間近くスライドで美ヶ原の歴史や自然について懇切な説明をしてもらいました。また翌朝は6時過ぎから一時間以上をかけてホテルのマイクロバスで山頂近辺の自然を実地に案内して貰いました。
山頂一帯は一般車の乗り入れは許されておらず、ホテル宿泊者だけの特別待遇で本当に貴重な体験をする事が出来ました。僅か我々二人だけの客のためにも手を抜かぬホテルの主人のホスピタリテイには本当に頭の下がる思いがしました。
当日も良いお天気に恵まれ、360度の視界には八ヶ岳連峰や南・中央・北アルプスの山々、乗鞍岳,御嶽山,槍ヶ岳,立山などの名山、遠くは富士山までも展望する事が出来ました。
美ヶ原一帯は標高が高いため、まだ新緑が始まったばかりの状態で、高山植物のお花畑が楽しめるベストシーズンまでにはまだ一ヶ月以上は待つ必要がある様でした。

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写真;我家の庭(5月)
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写真:アスチルベとヤマアジサイ
最近家内はしばしば五時起きし涼しい朝の時間に庭の手入れに精を出しています。好きな事とは云えかなりの重労働の様で、私の非協力的な態度にはいつも不満を持っています。
現在我が家の庭は色とりどりの花で溢れ活気づいています。団地内にも狭い土地をセンス良くアレンジして見事なガーデンを作り上げているお宅があちこちにあり、これらを見て回る我々の散歩コースがいくつか出来上がっています。
おわり

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ディズニーランド詣で

日吉通信(H21年3月28日)
<WBC>
WBCの優勝は日本人を大いに元気づける近来に無い明るいニュースでしたね。
私は24日午後仕事で近くの銀行へ出かける途上、ポケットラジオで日本優勝の瞬間を知りました。銀行のエレベーターの中で乗り合わせた見知らぬおじさん達に優勝決定の話をしたら全員から大歓声があがりました。3階カウンター傍の大型テレビ(画像のみで音声なし)は黒山の人だかりで皆が最高に盛り上がっている真っ只中でした。
WBCと云う国の威信をかけた戦いの中で、日本人の誰もが同胞の活躍に熱くなるのは至極当然の事と思います。それにしても3年前の初回WBCの対韓戦で福留選手が放った起死回生のホームランには溜飲を下げましたが、今回の対韓戦延長10回表、イチロー選手のセンター前の一打にはこみ上げる様な感動を覚えました。
不振に喘いでいたイチローが最後の最後に見せたパフォーマンスには神懸り的なものを感じた次第です。

家内が「最近の日本選手はカッコいい人が多いね」と感想をもらしていましたが、日本チームはユニフォームにしても洗練しており他国とは一味違った都会的センスの垢抜けた存在であったと思います。
“侍ジャパン”のイメージとは“紳士集団”のイメージですが、日本がこれからも世界から一目置かれるためには侍の精神,技術,美学を追求すべきと思います。野球だけに限らず日本人は外国人から見て羨望と畏敬の入り混じる対象となるべく努力せねばなりません。それが日本の将来のあるべき姿ではないでしょうか。
この度の原監督以下29名の選手達の活躍はこの期待に十二分に応えてくれるものでした。北京オリンピックで惨敗した星野監督から「オリンピックでは強いチームが勝つのではなく、たまたま勝ったチームが強いのだ」との負け惜しみを聞かされむしょうに腹が立ちましたが、この度の原監督の采配(多分スタッフ連の意見を率直に取り入れたのでしょう)はブレが無く見事だったと思います。原監督には温室育ちのイメージが強くありましたが、極限とも思われる重圧に耐えて勝ち取った優勝で彼のリーダーシップは万人が認めるところになったと思います。
来月から始まる今年のペナントレースは従来以上に盛り上がることになるでしょう。
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写真:みなとみらい 日本丸(横浜開港150周年) 

<ディズニーランド>
私には死ぬまでに一度は体験しておきたい(行っておきたい)ものがいくつかあります。昨年春には初めて両国へ大相撲を見に出かけましたが、将来は歌舞伎,能,オペラ等々この目で実際に確かめてみたいと思っています。
心ある人達からは「お前さんはそんな事も知らないのか!」と笑われてしまいそうですが・・・・・でも私のレベルはその程度のものです。
ディズニーランドも実はその一つでした。理由はかくも長きにわたり大勢の人々を引きつけて離さない秘密がどこに隠されているのか?一目見てみたいものと思っておりました。
きっかけは昨年の春、事務所に勤務していた女性が都合で辞める際にディズニーランドのチケットを記念にプレゼントしてくれたことからです。昨年は父の入院などあり出かける時間が持てませんでしたが、先日春休み入りの前を狙い思い切って家内と出かけてみました。本来なら孫と一緒に・・・が理想なのでしょうが、当面その機会は訪れそうも無いため場違いなシニア夫婦二人ずれでのディズニーランド詣でとなりました。
Photo
写真:東京ディズニーランド
東京ディズニーランドは現在25周年記念を迎え、この不況下に最高益を挙げるなど米国本家を凌ぐ利益をはじき出しているそうですが、場内の清潔さやセンスの良さ、別世界へ誘う心憎い演出、徹底的に教育,訓練された従業員たちのホスピタリティはさすが世界の一級品だと感じました。また場内におけるビジターのマナーも大変良く、現実の世界に引き戻されそうな不愉快な場面に出くわす事など全くありませんでした。
ただ予想を遥かに超える入場者数で、どこのアトラクションも長蛇の列でごった返しており幼児や高齢者が楽しむにはちょっと難がある様にも思いました。
同じ遊園地でも香港ディズニーランドが今だに人気が出ないのは、中国人のホスピタリティやマナーがまだまだ未熟な事が原因しているためだと何かで読んだ事があります。何事もそうですが、如何にお金を注ぎ込んで立派なハードを揃えてもソフトの方は長年の試行錯誤と経験の積み重ねが必要であり、一朝一夕に本場のレベルに追いつくのは無理な話なのかも知れません。
私にとっては初めてのディズニーランドでしたが、帰る頃にはすっかり童心に還りお伽の世界を目いっぱい楽しんでおりました。

来月1日には在京の同期入社組7名が京橋に集い年一回の同期会を楽しみます。この度は大阪からも一人駆けつけてくれる事になっており賑やかになるでしょう。ただ年々会う度に年相応な容貌,風体になって行く様をお互い確かめ合うのは、厳然たる事実とはいえ少々複雑な心境です。そんなわけで今回は記念写真の撮影はやめておこうかなと思っているところです。
おわり

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東京タワー

日吉通信(H21年1月28日)
今年も例年通り平穏に明けました。退屈なお正月が何だか貴重なものに思えてくるのは、やはり歳のせいなのでしょうか? 正月休みの間は近くの天満宮へ初詣に出かけた程度でしたが、中旬家内と日帰りで湯河原温泉方面へドライブに出かけてきました。ゆったり露天風呂に入り海鮮料理を楽しみましたが、さすが地元だけに旨さが違い大満足でした。特に金目鯛の煮付けは絶品だと思いました。
十国峠から箱根回りで帰ったのですが、晴天のもと寒風に震えながら仰ぎ見る富士山の美しさには改めて感動しました。
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写真:芦ノ湖より望む富士山
<年賀状>
我家の場合、毎年やりとりする賀状は300枚前後で以前から殆ど増減していません。
家内は1通ごとに近況など手書きのメモを入れておりますが、私の場合は原則印刷したまま出させて貰っています。少々横着ですが、賀状は“相互の生存連絡”と割り切っている次第です。
以前Emailによる新年挨拶状がはやった事がありましたが、すぐに廃れてしまいましたね。バーチャルなものはやはり現物のハガキとは違い発信者の心が通じないからだと思います。賀状を出すと云う“手間”をかけることにより誠意が伝わるのではないでしょうか。
私も頂戴した賀状や喪中挨拶状の中で特に心に留まったものについては、年が明けてから別途手紙かハガキで便りを出す様に心がけています。逆に当方の賀状を見て電話や手紙,メールを貰う事も良くあり、年賀状は単なる虚礼ではなく日本に根付いた心の交流のインフラだと思います。
25日に年賀状の抽選が行われましたが、我家は4等(切手セット)が7枚と例年通りでした。これは確率どおりで毎年いつも変わりません。宝くじも買わない限り当たらないと良く言われますが、買おうと思っても賀状の抽選の結果が頭をよぎりいつも躊躇してしまいます。 

<東京タワー>
東京タワーは昨年末で50歳を迎えたそうですが、私にとっては(多分殆どの人にとって)全くの関心外で長年その存在を意識した事すらありませんでした。ところが一昨年話題になった映画「3丁目の夕日」を見てから、なぜかもう一度だけ上って見たいと思うようになっていました。
私が最初に東京タワーを訪れたのは40数年前の大学生の頃で、当時は完成して間もない流行最先端のスポットと云った感じの場所でした。地下鉄を下り地上に出て方向が分らず通行人に「東京タワーはどこですか?」と尋ねたら、真上を指差されたのを覚えています。多分“この田舎物!”と思われた事でしょう。
先週末、他にも用があったので家内と思い切って再び東京タワーを訪ねてみました。昔は地上150mの大展望台しか無かったのですが、その後地上250mの特別展望台が追設され、是非そこから現在の東京を眺望してみたいとの強い思いがありました。
エッフェル塔に上った時もそうでしたが、古今東西人は高いところに上がるのが好きな様で、塔の下には入場者の長蛇の列が出来ており大変な混雑でした。特に大展望台から特別展望台を結ぶエレベーターは定員が10名で、入場人数を制限していたためか一時間近くも並ばされくたびれ果ててしまいました。
ツアーなどスケジュールに追われている人にはとても上がるのは無理な話で、特別展望台のチケットをタワー入口ではなく大展望台で販売している理由が良くわかりかした。
Tokyo_tower
写真:東京タワー特別展望台よりの眺望(お台場,羽田空港方面)
特別展望台からの眺望はさすがに素晴らしく、遠く富士山や房総半島など関東平野一円を鮮やかに見渡す事が出来ました。40数年前に見た東京と比べ無数の高層ビルが林立しており、特に大気汚染が克服されクリアな視界が確保されている点は日本が高度経済成長を経て内面的にも豊かな国になった証拠の様に映りました。
ここから見る夜景の美しさは多分世界でも一級品だと思います。是非訪れてみたい気もしますが、上がるまでの難行苦行を考えるとやはり敬遠する事になるでしょう。
昔と違い訪れる人々の外見も、中にある色々な店舗も随分と垢抜けし「3丁目の夕日」の頃とは隔世の感がある様に思いましたが、お土産屋で見つけたあのプラスチックの東京タワーの置物だけは昔のままで何だか懐かしさと安堵感を覚えてしまいました。
おわり

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私の師走

日吉通信(H20年12月25日)
今年もあと残り僅かとなってしまいましたね。世界的な金融危機の嵐が日本にも大津波の様に押し寄せてきています。当初評論家によると我が国への影響は比較的小さいとの話でしたが、とんでもない事態に陥ってしまいました。各国から届いた今年のクリスマスカードを見ると、どこも不況は大変深刻な様です。昔仕事をした南アフリカのコロンバス社(世界的規模のステンレスメーカー)は年末年始にかけて3週間にわたり完全に工場を閉鎖し全従業員を自宅待機させるそうで、カードをくれた友人も会社や自分の将来を大変心配しておりました。
ドイツのテイッセン/クルップ・ステンレス社も年末から6週間の操業中止に入るそうで日本のはるか上を行くドラスティックな減産対策がとられている様です。
海外企業のドライさは周知の事実ですが、最近の日本を代表する大企業のなりふり構わない非情なやり方を見ていると強い憤りを感じてしまいます。たとえ正規雇用の従業員でなくとも“同じ釜の飯”を食べている仲間をいとも簡単に年の瀬の寒風の中に追い出して本当に良いものなのでしょうか? 昔社内教育で、日本経済の目覚しい発展の原動力は“経営家族主義”で、その根幹は①終身雇用②年功序列③企業内組合の三つであると教わりました。無論これを現在のグローバル化した経営環境や雇用形態の重層化などを考慮せずに論ずる事が出来ぬくらい分かっていますが、今の経営者には企業の社会的責任を第一に慮る姿勢が見えないのは本当に悲しい事だと思います。苦しい時はお互い乏しい糧を分け合い春が来るまでじっと耐え忍ぶ連帯意識こそ日本人の最優先させるべき精神であると思うのですが・・・。

<あなご飯「左可井」>
師走に鎌倉を訪れるのは年中行事となってしまいましたが、今年も先週出かけてきました。いつもは古都の鮮やかな紅葉,黄葉を愛でるのが目的なのですが、今回はグルメも加わった小さな旅となりました。
前々から浄明寺の近くに噂の“あなご”の店「左可井」がある事は知っておりました。
家内はあなごが大好物で、呉に住んでいた頃は良く新鮮なあなごを手に入れてはあなご丼をつくってくれました。瀬戸内には有名なあなご料理の店が多く、よく二人で宮島口の「うえの」とか、山口県周防大島の「さかえ寿司」など長距離の食べ歩きドライブを楽しんだものです。
「左可井」は鎌倉では良く見られる一般の民家をそのまま使った小さな食事処でした。ウナギの調理方法が関東と関西で違うように、ここのあなご重も蒸してありましたが、関西とはまた違った味わいでなかなか美味だと思いました。ウイークディだったため店内もあまり混んでおらず、大半はご婦人方のグループでしたが庭の秋の風情を楽しみながら皆さんゆっくり食事しておられました。
食事後浄明寺境内を散策したのですが、抜けるような青空の下、落ち葉を踏みながら静かに初冬の冷気に触れる時、ストレスから完全に解放された心地を味わう事が出来ました。
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写真:晩秋の風景(浄明寺/鎌倉)
<今年を振返って>
今年も山下公園そばの県民ホールへ友人夫婦と横響の「第九」を聴きに行きました。600名を超える市民の大合唱にはいつもながらその迫力に圧倒されてしまいます。横響の「第九」は我々夫婦にとって一年を締め括る欠かせない行事になってしまいました。
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写真:横響の「第九」(山下公園・県民ホール)
振り返って見ると今年は我々にとって若干不完全燃焼の年であった様に思います。
その理由は年前半の家内の二度にわたる白内障手術、さらに年後半には父の二度の入院が重なりました。また長男の事務所に勤務していた女性が家庭の事情で3月に退職したためその後現在までずっと私一人で頑張らざるを得なくなり休みが取り辛かった事情などもありました。
そんな訳で予定していた海外旅行など長期の休暇がとれなかった点や、隣の両親の様子にこれまで以上の注意が必要になった事などありなかなか新しい事をする気持ちになれませんでした。幸い両親の健康も最近では順調に推移しており、事務所の方も新しい職員が1月より来てくれる事が決まりましたので、来年はきっと今年より充実した年に出来るのではと期待しているところです。
皆さん今年も大変お世話になりました。来年も何卒宜しくお願いいたします。どうか良いお年をお迎え下さい。
おわり

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海外よりの手紙

日吉通信(H20年9月25日)
ようやく秋らしい爽やかな時候を迎えましたね。
ただ米国発の世界的な金融危機や国内の深刻な医療,年金問題などを矢継ぎ早に見せつけられると将来に一抹の不安を覚えてしまいます。
父が退院して3ヶ月が経過しましたが、お蔭様で秋の到来と共に体力,気力とも少しづつ以前の状態に戻りつつあります。そんな訳で最近では気分転換に短時間ですが夫婦で外に出かける事も出来るようになりました。
この月末には国慶節の休暇を利用して次男夫婦一行が中国・広州より来訪する予定です。
のんびりと日本の休日を楽しんで欲しいと願っています。

<近郊のドライブ>
今月は急に思い立って横須賀の“三笠公園”と富士山麓(静岡県富士宮市)にある“白糸の滝”へ半日ドライブに行ってきました。
横須賀は我が心の故郷である呉市と同じ旧軍港で、以前から一度訪れてみたいところでした。近場なのでいつでも行けるとの思いから延び延びになっていたのですが、久し振りに海を見てみたいとの想いにかられ出かけたものです。
残念ながら横須賀は大都会で呉のイメージを期待する方が無理でしたが、記念艦「三笠」の勇姿は江田島にある旧海軍兵学校の持つ雰囲気と相通ずるものがあり郷愁を覚えた次第です。
Mikasa
写真:記念艦「三笠」(横須賀市)

“白糸の滝”は昨年片品村のペンションで同宿した人から強く勧められ、機会があれば是非訪れてみたいと思っていた名所の一つでした。
場所は富士五湖の一つ本栖湖の南方にあり、一帯は朝霧高原と呼ばれています。思いのほかスケールが大きく美しくかつ繊細な名滝で、一帯に漂う冷気とマイナスイオンに心身のストレスが完全に解き放たれる様な気持ちを味わいました。その後富士五湖を巡りながら帰途についたのですが、高原は既に秋の風情で一面のススキが夕日に映えて実に見事でした。
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写真:白糸の滝(静岡県富士宮市)

<海外よりの手紙>
現役時代、年末には海外へ30通以上のグリーテイングカードを出していたのですが、賀状とは違って手書きせねばならず精神的には結構負担になっていました。
リタイアした昨今では交換するカードの数も10通を割ってしまいましたが、現在の相手の方たちとは年に数回はお互いに近況を知らせあう密度の濃い関係が続いています。ドイツ,デンマーク,スペイン,南アフリカなどの国々の友人達ですが、いずれもかって夫婦同士での付き合いがありお互いの家庭の事情も良く知り合った間柄です。
便りは主に航空便が中心ですが、中にはEmailやFAX主体の人もいます。
先日南アフリカの友人より近況を知らせる便りと写真(Email)を貰いました。
彼は私の南アフリカ技術指導先の会社の担当窓口で熱延設備建設の責任者(課長クラス)の優秀な技術者(当時40歳前)でした。
彼はしばしば日新チームの現場事務所にある私の部屋を訪ね雑談して行きました。私はいつも日本から持込んだドリップコーヒーを入れてあげたのですが、南アフリカでは一般にインスタントコーヒーしか手に入らないためか、香り高い本格的なコーヒーが飲めるのをいつも楽しみにしていた風でした。
彼とは仕事の考え方だけでなく、お互い地球の裏側で育った人間とは思われないほど価値観や気心が良く合い現地滞在中とても親しくなりました。
奥さんも気さくな方で家には二人の年頃の娘さんがおられ、我々夫婦で何度か郊外にある氏の邸宅を訪ねたのですが、北向き(北半球の南向き)の広い部屋にはセンスの良い手芸品があちこちに飾られ、手芸に目の無い家内は痛く感銘を受けた様でした。
彼とは別れてから10年以上の歳月が流れましたが、Emailによる交流は現在も続いており昨年来の便りには、いつも可愛い孫娘さんの写真が必ず添付されておりもうメロメロの様です。
遠い将来彼等と再会できるチャンスが訪れればと願っていますが、欧米などと違い地理的にもなかなか難しいだろうと思っています。
たとえ手紙だけでもお互いの近況を知らせあえる友人を海外に何人か持っている事は我が人生にとって素晴らしい財産だと考えています。私の場合は仕事を通じてこの様なチャンスを手に入れたわけですが、今後もこの友人たちを大切に交流をさらに深めて行く所存です。
おわり

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山梨 ほったらかし温泉

日吉通信(H20年8月27日)
猛暑からようやく解放され生き返る心地の今日この頃ですが、皆さん如何お過ごしでしょうか? 今年の8月は北京オリンピックと共に過ぎ去った様な気がします。
中国のオリンピックへの力の入れ様には異様なものを感じましたが、無事成功裏に終わった様で良かったと思います。中国がこれを契機に国際常識の通ずる国に成長してくれる様願いたいものです。
女子ソフトボールチームの奮闘や水泳・北島選手の金メダルなどは大いに感動しましたが、戴けなかったのは野球や男子サッカー,男女マラソンの情けなさでした。特に野球は選手たちの空ろな目から勝つ意欲を全く感じとる事が出来なかったのは残念でした。いったい何があったのか知りたいものです。全権を任された星野監督の責任は重大だと思います。
<ほったらかし温泉>
山梨市に最近テレビなどで全国的に有名となった“ほったらかし温泉”と云う奇妙な名前の温泉があります。先日気分転換を兼ねて家内と日帰りのドライブをしてきました。
我家から中央高速経由で3時間弱の道のりですが、お盆休みの後にも拘らずかなりの交通量で驚きました。
途中勝沼インターを下りてすぐの所にある葡萄園に立ち寄ってみました。この葡萄園にはワイナリーが併設されており観光客はぶどう狩りを楽しんだ後ワインの試飲も出来るようになっています。また築二百年の古い民家の二階が雰囲気のあるレストランに改装されていて南欧風の食事がとれるようになっています。
この一帯は一面のブドウ畑で沢山の農家が“ぶどう狩り”の看板を出しており、これから秋にかけてのシーズンは大勢の観光客で賑わう事だろうと思いました。
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写真:勝沼の葡萄園
昼食後山奥にある“ほったらかし温泉”に向ったのですが、ここはカーナビによる誘導が出来ない場所にあるとの事で、案内板を探しながら恐る恐る山道をのぼってゆきました。
幸いあまり迷うことも無く現地へ無事に辿り着く事が出来ました。
ここは海抜が700mほどで甲府盆地が一望でき、背景の富士山を眺めながらゆったりと露天風呂につかる事が出来ます。温泉は“あっちの湯”と“こっちの湯”の二ヶ所に分かれており我々の入った“あっちの湯”は日の出の拝める早朝から夜は甲府盆地の夜景が眺められる時間までオープンしているそうです。
さっそく露天風呂に入りましたが遠く富士山を望みながらの絶景温泉は野趣万点で最高の気分でした。ただ8月の日中だったため外気温が高く、風呂上りの清涼感を味わうことが出来なかったのはちょっと残念でしたが・・・。
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写真:“ほったらかし温泉”(山梨市)

<映画と私>
先日川崎駅前のショッピングモールにあるシネコンまで映画「あの日の指輪を待つきみへ」を見に行きました。この映画はネットでたまたま知り、是非鑑賞したいと思っていたのですが上映館が見付からず、探した挙句川崎でやっている事がわかりわざわざ足を運んだものです。映画は実話に基づくもので第二次世界大戦下のアイルランドが舞台のラブストーリーです。主演はあのシャーリーマクレーンで、既に70歳半ばの高齢ですが若かりし頃を偲ばせる凛とした演技でスクリーンを引き締めていました。
私と映画との出会いは中学生の頃北九州の映画館でジュリエッタマシーナの「道」とキャサリンヘップバーンの「旅情」の二本立てを見て感動したのが始まりでした。中学生なので恋愛など理解できるわけは無く、単に美しいスクリーンミュージックとエキゾチックなイタリアの風景に酔いしれただけと云うのが本当のところです。
当時は日本はまだ貧しくテレビなど無い時代で映画が唯一の海外の風光や生活を覗き見る手段で、当時の若者はこぞって映画館に出かけ遥か憧れの地に想いを馳せたものです。
私も大学時代には新宿などあちこちの映画館を毎週の様に見て回りました。当時は“3本立て”など当たり前で、今思えばよく半日近くも暗い映画館の中に居たものだと思います。
心に残る名画は沢山ありますが、その中の一つは最初に挙げた「旅情(Summer Time)」でその後ビデオも含めて十数回は見たと思います。映画は見る度に新しい発見があり、年齢と共に作者の言わんとする意図や、名画たらしめる演出の妙が伝わってくるのが面白いと思います。
最近我家も遅ればせながら大型液晶テレビに更新したのですが、DVDで見る映画はこれまでのブラウン管テレビとは比較にならぬ迫力があり、今後は暇を見つけて我家でも映画鑑賞を楽しみたいと思っています。
リタイア当初、計画的に世界の名著,名作を読破しようと考えて挫折したままですが、映画ならもっと気楽に古今の世界の名作を楽しめるのではと思います。
おわり

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京橋界隈

日吉通信(H20年7月27日)
暑中お見舞い申し上げます。連日うだる様な猛暑が続いておりますが、皆さん如何お過ごしでしょうか? 年々暑さがエスカレートしている様で、地球の将来が思いやられます。
来月は北京オリンピックが開催されますが、何故中国はこの一番暑い時期に開催期間を選んだのでしょうか? 熱中症や大気汚染,食中毒など他国の事ながら心配になります。
昨日は大学時代の友人と品川プリンスホテルまで出かけてきました。JMACに勤務している妹のツテで招待状を手に入れたのですが、JTBなど旅行会社や大手企業が合同で半日間にわたりシニア世代を対象に各種講演会を開催しました。“豪華客船によるクルーズの旅”,“海外ロングステイ”など結白いテーマが多く、また最後には三浦雄一郎氏の特別講演が組み込まれており500名を越す大勢の人たちが集まっていました。
特に三浦雄一郎さんの講話は楽しく説得力があり、シニア世代の生き方について示唆に富む内容で大いに啓発され、暑いなか出かけた甲斐がありました。

<京橋の事務所>
気がつけば京橋にある長男の法律事務所へ手伝いに通い始めてから5年が経過しました。
長男は当初近くの“イソ弁(居候弁護士の略)”先の大きな法律事務所に居たのですが、5年前に一念発起、独立を果たし京橋の古いビルの4階に小さな事務所を開設しました。
事務所を決めるまでには忙しい長男に代わり私が炎天下を銀座,京橋,日本橋一帯に点在する貸事務所約30部屋以上を見て回りました。
どこも一長一短がありなかなか決断出来ませんでしたが、部屋の広さや静かさ、信頼できるビル管理などが決め手となり現在の事務所に落ち着きました。
法律事務所の条件としてはやはり第一に地の利が挙げられます。現在の事務所からは霞ヶ関にある東京地裁,高裁や弁護士会館、また九段下にある法務局など重要な関係先まで、事務所を出てから30分以内に現地で仕事を片付ける事が出来ます。
また事務所を訪れるクライアントにとり交通の便が良くわかり易い立地である事は特に大切ですが、これらの条件も現在の事務所はほぼ満たしています。
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写真:京橋の風景(中央通りより銀座方面を望む)
私も現役時代に呉で工場勤務していた頃には、まさか自分が東京のど真ん中でこの様な仕事するなど夢にも考えた事はありませんでした。
当初は落ち着くまでの半年程度の手伝いのつもりでいたのですが、体力的にも負担にならない気楽な勤務条件と日々都会の空気が吸える魅力に引かれ何時の間にか現在に至っています(家内は約束が違うと不満の様ですが…)。
法律事務のスタッフは“パラリーガル”と呼ばれ、特に若い女性には人気の職業の様です。
私の様なシニアは全く場違いな存在で、出先で怪訝な顔で見られる事がよくあります。
仕事は法律事務のなかでも初歩的な雑用が主体で各種法律文書を作成したり、裁判所や関係先へ出向いたり、貸金,先物業者などから開示される数値の入力作業(再計算のため)、果ては電話番、お客様へのお茶出しまで何でもこなしています。
今春までは女性の事務員さんが勤務していたのですが、家の事情で地方へ引っ越す事となり、ここ4ヶ月は一人で頑張っており結構忙しい思いをしています(事務職員募集中)。
お昼には弁当を買いにサンダル履きで近くのコンビニまで出かけていますが、時々“俺は何故こんな所をうろついているのだろう?”と不思議に思うこともあります。事務所のある京橋界隈は、華やかな銀座と日本橋に挟まれた間に位置し昭和の雰囲気が今も残っているところです。事務所の周辺は“骨董通り”と呼ばれ小さな骨董店や美術商の店、こじんまりとした画廊などが散在して独特の雰囲気があります。有名なブリジストン美術館も同じ区画内にありますが、この様なメジャーな施設はむしろ例外と言えます。
一帯は多くのビルが軒を連ねていますが、中小企業の事務所や店舗が殆どで大都会のオフィス街と云った華やかさはありません。近くには芸能人に人気のある弁当屋さんや宮内庁御用達のコーヒー店など色々ありますが、どこも全く庶民的な店構えです。
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写真:法律事務所(私のデスクは写真の左側にあります)
京橋は日吉駅から地下鉄日比谷線直通で銀座駅まで、ここから銀座線に乗り換えて京橋まで一駅、約1時間の道のりです。急行で渋谷まで出た方が時間的には早いのですが、私の様な田舎者はゆっくりと座って行く方が肌に合っています。
現在は暑いので中断していますが、秋からはメタボ対策を兼ねて銀座駅から京橋の事務所までウオーキング(約15分)を再開しようと考えています。最近は時々体力や集中力の衰えを自覚する事もありますが、老化防止のためにも現在の生活パターンはリストラの声がかかるまでは当面続けて行きたいと思っています。
おわり

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父の入院

日吉通信(H20年6月25日)
早いもので今年もすでに半分が過ぎ去りました。これから3ヶ月は昨年同様の酷暑が続きそうですが、お互い健康には気をつけて元気にのりきりたいですね。
家内も二度にわたる白内障の手術の経過が順調で、先日ようやく先生の許可が出てメガネを新調しました。なかなか良く見える様で好きな手仕事や読書がストレス無く出来るようになったと喜んでいます。
日吉駅も先日の横浜市営地下鉄の乗り入れに続き、今月は目黒線が日吉まで延長されました。ラッシュ時には狭いホームが人でごった返し、以前に比べお年寄りなどは危険な状態になったと思います。便利になるのは良いのですが、これだけ過密化すると地震,洪水,停電など一旦非常事態に陥った時の混乱が心配です。

<父の入院>
私の父は先月で94歳になりました。年々足腰が弱って好きな散歩や近場の買い物などはかなり不自由になりましたが、屋内では日に何度も2階の書斎に上がり机に向かう生活を先日まで続けておりました。ところが今月に入り急に歩行が困難となり日々の生活にも支障を来たす様になりました。かかりつけの医院で診て貰うべく出かけようとしたのですが、これまでの様に車に乗せる事が出来ないため、先生に特別にお願いし往診に来て戴く手配をしました。
往診日は月曜日だったのですが、日曜日の朝の様子が明らかにおかしかったため急遽介護タクシーを呼んで近くの川崎市立井田病院の急患窓口に連れて行きました。当番医は若い女医さんでしたが優秀な先生で、CT検査写真より異常を見つけ脳外科手術が必要と判断、受け入れ先の川崎市内の脳外科病院に話をつけ救急車も手配して送り出してくれました。
父が入院した病院は川崎駅近くの川崎幸病院(幸区)で、我家からは車で30分強の所です。都心のそれも私立の病院なのでスペース的には少し窮屈な感じはしましたが、後で聞くと脳外科では川崎市内でも有名な病院である事がわかりました。

執刀医の説明によると父の病名は「慢性硬膜下血腫」と云い、頭蓋骨の内側にある硬膜と脳の隙間に血腫が少しづつ溜まり、これが脳を圧迫して歩行困難になったものとの事でした(脳自体に損傷ナシ)。このまま放置すると意識障害や深刻な後遺症を招くそうですが、発見が早かった事は不幸中の幸いでした。
手術は翌日の月曜日に行われたのですが、頭蓋骨に2箇所小さい孔を開け、血腫を排出した後に洗浄すると云う脳外科としては比較的簡単な手術との事で、3時間ほどで無事手術室から出てきました。
翌火曜日には集中治療室から一般病棟に移され、専任のスタッフによるリハビリが始まりました。リハビリは運動だけでなく言語やメンタルな分野も含まれており、経験豊かな若い療法士(女性)の方々が献身的に面倒を見てくれました。

入院期間は通常1週間だそうですが、父の場合は高齢である事を考慮して2週間ほど置いて貰う事が出来ました。この間、家内や弟,二人の妹達とシフトを組み、毎日病院に父を見舞いました。母は高齢にもかかわらず連日病院に通い続け父の面倒を看ましたが、その献身ぶりには頭の下る思いがしました。
手術前には最悪“寝たきり”も覚悟しましたが、退院後は部屋の中を杖を使いヨチヨチですが歩いたり、新聞にも目を通すなど予想以上の回復振りに驚いています。

退院後の生活を考え、これまで全く縁がなかった介護関係の勉強も急遽始める事になりました。家内が近くのケアプラザへ頻繁に相談に出向きましたが、係員が適切なアドバイスをしてくれ本当に助かりました。
彼らは公的な立場のスタッフで営利目的の人たちではないのですが、相手の立場に立った心のこもった対応をしてくれました。
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写真:6月の我が家の庭

この度の入院の顛末をみて、これも父の人徳とは思いますが、父は実に幸せな人だと思いました。
献身的に日々の生活をみてくれる母、近郊に住んでいて何時でも駆けつける事の出来る4人の息子,娘たち、身近な嫁の存在など、これ以上望めない条件を揃えています。
振り返って回りを見るに、多くの独居老人、老々介護の夫婦、人間関係の崩壊した夫婦や家庭,物理的に遠く離れてしまった家族等々、一旦何かあってもすぐに十分な医療や介護の態勢がとれぬケースの方が遥かに多いように思えます。将来の自分自身を考えた場合も、不安がいっぱいと云うのが正直なところです。
私としてはあまり先の事まで先回りして悩まない事、妻のご機嫌を損ねないよう心がける事また介護する立場に立って身軽になる(メタボ脱出)努力をしたいと思っています。

昨今のマスコミの論調によると日本はあたかも社会秩序が崩壊して二等国家に転落してしまった様な報道が目立ちます。この度の父の入院を通して感じたのは、日本は世界に冠たる福祉国家であるとの思いでした。不特定多数の一般市民に対する病院の緊急窓口の対応、最新の検査,医療設備、急患受入病院のネットワーク、訓練された救急スタッフが乗るハイテク救急車、搬入先病院の受入態勢、優秀で親切な医師や看護士など正に地獄に仏の想いを強くしました。
支払った医療費も高齢者対象の驚くほど低い額は日本の医療制度が優れている証拠だと思いました。救急車が無料なのも世界では少数派と聞いています。
大昔学校で先進国イギリスの社会福祉制度「揺りかごから墓場まで」を習った事がありますが、21世紀の現在ではどんな先進国も制度そのものが深刻な危機に直面していると報じられています。言い換えればパラダイスの様な国は今は世界のどこにも無いと云う事です。日本もこれからの急速な高齢化社会に対応できる様、現在の医療福祉制度を維持,改善するための国民的コンセンサスを早急につくる必要があると思います。
消費税(5%は欧米先進国に比べ極端に低い)のアップは応分の負担として避けて通れないのではないでしょうか?

もう一つ痛切に感じた事は、世の中確実に世代交代が進んでいるとの思いでした。我々に対応してくれた医師や看護士、病院関係者など殆どの人たちが我が息子と同じ世代の方々でした。我々の時代は完全に過去のものとなり、次の世代が確実に今の社会を背負っていると云う厳然たる事実を見せつけられ、少し寂しくまた大いに頼もしい想いをした次第です。
おわり

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母との旅

日吉通信(H20年5月29日)
中国四川省の大震災には驚きましたね。ミャンマーのサイクロン被害が霞んでしまう程の悲惨さで大変なショックを受けました。地震国日本も他人事ではないとつくづく思います。
現役時代、呉製鉄所の旧式熱延設備を中国山西省にある製鉄所へ移設する仕事に関与した事があるのですが、基礎工事の重要性を力説する担当者に対して、中国側は「大原では秦の始皇帝以来、地震と言うものが起きた事は無い!(日本ほど基礎に金を注ぎ込む必要は無い)」と豪語していたのを思い出します。
また阪神淡路大震災が発生した丁度その時には、私は南アフリカで技術援助の仕事に従事していました。刻々と断片的に入ってくる地球の裏側からの情報に、当初は軽く考えていた我々日本チームも段々と不安に駆られてきた事を思い出します。地震の当日、先方の社長がわざわざリーダーの私を現場事務所まで訪ねてこられ、丁重なお見舞いの言葉を戴いたのには恐縮してしまいました。
地震直後、被災者の救援に世界各国から人員派遣の申し出が殺到したのですが、当初日本側はこれを断わったため私の回りでもブーイングの嵐が巻き起こりました。特にドイツの連中は「日本人は高慢だ!」と本気で怒り私に抗議してきて困りました。
世界からの善意は無理をしてでも迅速に受け入れるのが国際マナーの様に思います。

<安曇野・八ヶ岳高原ドライブ旅行>
先月の家内の白内障手術から日が浅いため、連休は家でおとなしく過ごすつもりにしておりました。しかしながらお天気も良く、家内の目の調子も悪くなかったので急遽思い立って一泊ドライブ旅行へ出かけることにしました。
運良く安曇野のペンションの予約が取れたため、一日目は安曇野周辺の散策、二日目は久しぶりに八ヶ岳高原を訪ねる旅としました。
5月2日早朝、横浜の我家を出発する時は霧雨が降っていたのですが、幸いにも中央道を内陸に入るに従い絶好のドライブ日和に変わりました。安曇野は以前から一度訪れてみたかった憧れの地でしたが、イメージ通りのロマンチックな佇まいで我々を迎えてくれました。また2年前にインターネットを通じて知り合った知人に紹介され、お勧めの果樹園や釣堀兼バーベキュー場を訪ねたりもしました。泊ったペンションは森の中にあるなかなか雰囲気のある宿でしたが、名古屋方面からのお客が多く安曇野の地図上の位置を再認識いたしました。
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写真:大王わさび農場(安曇野)
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写真:リンゴの花(安曇野“森の果樹園”)
翌日は甲斐大泉にある妹夫婦の山荘(丁度連休で滞在中)を訪ねたのですが、八ヶ岳高原は春と新緑が混在する生き生きとした風情でした。ここでは妹夫婦と一緒に展望の良い峠に登ったり、アンティークショップを覗いたり最近オープンした人気のピザ店を訪ねたりしました。その後近くの温泉施設で汗を流し、午後8時を過ぎてから中央道(長坂インター)へ入り全く渋滞に遭う事も無く午後11時に無事我家へ帰着する事が出来ました。
考えてみると今年になって初めての一泊旅行でしたが、思い切って出かけて良かったと思っています。

<母との旅>
隣に住む私の母は現在87歳になりますが、家系は幕末の改革者“山田方谷”の流れを汲むそうで、昔から方谷については良く話を聞かされていました。彼女は役人の娘(一男三女の長女)で幼少の頃は広島県東城町(現庄原市)で育ったそうです。我々夫婦にとって東城町は“比婆ゴン”の棲む中国山地の僻地のイメージしかありませんが、昔はこの一帯に母の一族が経営する「帝国製鉄」があったそうです。
帝国製鉄と云えば山崎豊子の小説“華麗なる一族”の中にも出てきますが、実在の帝国製鉄は近代たたら製鉄法による高品質の鋼の製造を目的に戦前中国山地に興された会社で一時隆盛した様ですが、その後時代の流れに呑み込まれ消滅しています。
母は女学校に通うまで東城町で生活したそうで、幼少時のハイソで楽しかった思い出が今も忘れられぬ様です。これまでも何度か母に東城行きを打診した事はあるのですが、足腰の弱った父の傍を離れられぬの一点張りで最近まで頑として拒否し続けていました。この度家内と岡山県高梁市にある当家の墓参りに出かけるチャンスを捉えて、母を東城に連れ出す作戦を立て妹や弟たちの協力も得て遂にその気にさせる事に成功しました。
一泊二日の短い旅ですが、留守番する父の世話をしに妹夫婦が泊りがけで来てくれる事になり母も安心して出かける気持ちになった様です。また父がこの計画に大賛成してくれた事も母の背中を押したのだと思います。
一日目は新横浜から新幹線で岡山まで、その後JR伯備線に乗り換えて備中高梁で下車、墓参りを済ませてから高梁市内散策後に駅近くのホテルで一泊しました。
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写真:頼久寺の庭園(備中高梁市)
翌朝は伯備線で新見まで足を延ばし、そこからタクシーを借り切って東城町へ向かいました。新見からはJR芸備線でも行けるのですが、なんせ過疎地でダイヤも日に数本しか無いと云う不便さで車を利用せざるを得ません。地域の人々の不便さを改めて実感しました。東城では半日ほど記憶を辿りながら母の思い出の場所(旧居跡や町並みなど)を巡ったり、一族が眠る墓所を訪ねたりしました。
古くからの土地だけに、町中には歴史を偲ぶ古い建築物や社寺仏閣などが残っており、今も変わらぬ自然の美しさとあいまって母の望郷の想いは十分に満たされたものと思います。
その後新幹線で夕方7時前には横浜の我家に戻りましたが、母も諦めていた心の古里を訪ねる旅が実現出来てとても喜んでくれ、本当にお供の甲斐がありました。
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写真:旅館として現存する造り酒屋の建物(庄原市東城町)

今月半ばに在京の昭和41年入社OB組6名が京橋の「みみ卯」に集まり同期会を行いました。一年ぶりの再会でしたが、全員変わりなく元気にシニアライフを楽んでいる様で喜ばしく思いました。
話題はもっぱら健康維持の話や息子,娘の結婚問題,孫の自慢など他愛ないものに終始しました。現役時代のような競争意識は完全に消え、共に激動の時代を生き抜いた連帯感を改めて共有し楽しい一時を過ごしました。

今年は日本政府と国連が共催するアフリカ開発会議(TICAD)が5年ぶりに開催される年に当たるそうで、今回は横浜市が会場となります。この一環として市内では関連する行事が色々なレベルで企画されていますが、先日菊名の港北区役所近くにある国際交流ラウンジ(小さな地域の施設)で南アフリカ共和国を紹介する集いがあると聞いて、興味があったので家内と出かけてみました。殆ど人は集まらないのではと心配していたのですが、小さな会場は40名を越す人たち(大半はシニア)で盛況でした。
南アフリカ共和国大使館から一等書記官(白人女性)がやってきて、プロジェクターを使い国の内情を紹介してくれましたが、総花的で我々夫婦のような現地滞在経験者には少し物足りない内容でした。質疑応答の時間でも活発に手が上がり、さすが国際都市横浜の住人だなと感心した次第です。
2010年には南アフリカでワールドカップ:サッカーが開催されますが、多分これが契機になって日本人のアフリカに対する関心や理解がより進むのではと思っています。
おわり

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日吉駅

日吉通信(H20年4月27日)
いよいよ大型連休入りですね。日吉駅前の慶応大学銀杏並木も若葉の緑が鮮やかで、大勢の若者達が闊歩する風景と合わせてあたりに生気がみなぎっているのを感じます。
今月は家内が1月に引き続き白内障の手術を元住吉の関東労災病院で行いました。経過は順調で、もうしばらくすれば旅行など遠出も出来るようになるものと思います。手術後は以前に比べ格段に良く見えるようになったのか、これまで口にした事が無かった私の顔のシワやシミの事をしきりと言い始め少々気を悪くしています。
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写真:ウオーキング時によく立ち寄る日吉駅近くの喫茶店

<米軍ゴルフ場>
月初めに弟とその仲間に誘われて米軍横田基地付属の多摩ヒルズ・ゴルフ場へ出かけてきました。町田市内の弟宅から30分ほどのところにある本格的なゴルフコースです。
一般市民は入場出来ないのですが、少数の日本人準会員(資格要件??)の同伴を条件に例外的にプレーする事が出来るのだそうです。日本国内であるのにもかかわらず、入場の際にはパスポートの提示が求められいささか抵抗を覚えました。コースは広く実に良く手入れが行き届いており、都心に隣接している立地条件を考えるならば、もしこれが日本のゴルフ場ならば超名門ゴルフ場の条件を備えていると思いました。ただし日本式ゴルフ場の様に茶店や大浴場などの施設は無く、キャディも居らず乗用カートで18ホールをスルーで回るようになっています。時々横田基地より将官クラスの軍人が夫人同伴でヘリコプターに乗ってやって来るそうですが、当日プレーしていたのは殆どが日本人でした。プレー費は一人100ドル(何故か11500円)とリーゾナブルでした。
最近霞ヶ関の埋蔵金の話を良く耳にしますが、この施設も日本国にとっては典型的な埋蔵金の一つかなと思った次第です。
久しぶりのゴルフでしたのでスコアの方は散々でしたが、和気藹々と楽しくラウンドする事が出来ました。ただ帰途運転中や、帰宅後就寝時に足の筋肉がキリキリと何度も痙攣して脂汗をかいてしまいました。体力の衰えが年々進んでいる現実を自覚いたしました。
<日吉駅>
先月30日、長年の懸案であった横浜市営地下鉄が東急東横線日吉駅に接続されました。
6年前に我々が当地へ越してきた時にはこの工事はすでに進行中で、駅周辺はこれ迄ずっとこの影響を受け続けていたのですが、ようやく少し落ち着いた感じです。接続された地下鉄はグリーンラインと呼ばれ港北ニュータウン(都筑区)と直結されたため、日吉駅のホームは以前に比較して人の数が増え特にラッシュアワー時などは大変な混雑を呈する様になりました。
6月には目黒線が武蔵小杉駅から日吉駅まで延長されるそうで益々便利にはなりますが、駅の混雑もさらに輪をかける事になるでしょう。
先日家内と様子見を兼ねて、日吉駅から地下鉄に乗って港北ニュータウンまで出かけてみました。ここはショッピングなどマイカーでよく出かけているのですが、地下鉄だと駐車場の心配もなく短時間で気楽に行けることがわかり結構利用価値があると思いました。
Kohoku_new_town
写真:港北ニュータウンの風景
港北ニュータウンは都市計画に基づいた街造りがなされており、日吉の様な狭々した旧市街とは違い整然として空間的余裕があり羨ましく感じています。特にここの住人は若い人が多く、ベビーカーを押す若いお母さん達を至る所で目にするのは街に活気が感じられ良いものです。
この地区はショッピングだけでなくウオーキングが楽しめる良く整備された立派な公園があちこちにあり、日吉から時々遠征することもあります。特に仲町台駅近くの公園は周辺の洒落た家並みと調和して独特の雰囲気がありお気に入りの場所です。今日もニュータウン中心部にある都筑中央公園まで足を伸ばしたのですが、公園内の池で美しいカワセミの姿を見つけて感激してしまいました。
おわり
Kawasemi_2
かわせみ(都筑中央公園)

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まちかど図書館訪問

日吉通信(H20年2月25日)
今年は年初より久々の大寒波が来襲し震え上がる日もありましたが、2月も後半に入ると着実に春が近づいているのが感じられる様になりましたね。今月は雪国体験をしに群馬県片品村へ出かける計画を立てていたのですが、事情により行けなくなってしまいました。残念ですが来年の楽しみにとっておきたいと思っています。
10日にはホテルオークラ付属の集古館まで家内とオペラを見に行ってきました。地下鉄日比谷線神谷町駅で下車、徒歩10分ほどのところです。集古館は古美術蒐集品の展示ではマニアの間で人気の高いところだそうですが、今回は特別企画として館内二階の展示場に特設の舞台が用意されオペラ“フィガロの結婚”のハイライトが約2時間にわたり上演されました。会場は100名ほどの熱心なオペラファンが集い大いに盛り上がりましたが、門外漢の我々にとってはいささか敷居が高く感じられたひと時でした。
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写真:大倉集古館

<まちかど図書館訪問>
昨年9月のブログに妹夫婦が自宅内に“まちかど図書館”を立ち上げた記事を紹介しましたが、親しくしている私の大学時代の友人夫婦が是非見せて欲しいと云う事で、今月半ば雪のちらつく寒い日に横浜市栄区港南台にある妹夫婦の自宅まで一緒に出かけました。
久しぶりの訪問でしたが、図書館もその後随分と充実し一般開放にも耐え得る態勢が整っている様でした。1万冊に及ぶ蔵書の数も驚きですが、話題となった本を即座にピンポイントで探す館主の手際のよさには感心しました。
この写真を見る
写真:まちかど図書館内部
その後別室に移って、これまで夫婦が三十年にわたり蒐集してきた美術品の一部を妹の説明を聞きながらゆっくりと見せて貰いました。今回は輪島塗のお宝が中心でしたが、一般の美術館とは違い実際に手にとって鑑賞できる点に友人夫婦も大変感激しておりました。
お昼過ぎに訪問したのですがアッという間に夕方となってしまったため、再来を約束して妹夫婦と別れましたが、何だか豊かな気持ちにひたる事が出来た様に思います。このブログを見た方の中で“まちかど図書館”に興味のある方がおられましたら、当方までご連絡(Email)戴ければ先方との調整をいたします。
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写真:なつめと香合(田中松香作)

<e TAX>
確定申告の時期がやってきましたね。我家ではこれまで一切家内に任せ切りにしておりました。あれこれ関係書類を集め、申告書の様式に従って必要事項を記入し、出来上がった結果を持って日吉駅近くの地区センターまで出向き税務署職員のチェックを受け受理してもらう作業は家内にとっては毎年2月の憂鬱な行事だった様です。
最近テレビで盛んに税金の電子申告(e TAX)がPRされておりますが、今年は是非これを私の手でやる様にプレッシャーをかけられ重い腰を上げざるを得なくなりました。
実際に取り組んでみて痛感したのは、テレビの様にいとも簡単に・・・では無かった事でした。テレビでは芸能人が税務署に出向いて専用のパソコンに向かい必要数字を入力していますが、これだけなら何の問題もありません。ただ自宅のパソコンから電子署名をつけて税務署へ確定申告書類一式を電送しようとするためには、事前の煩雑な準備と面倒なパソコンとの格闘が必要でした。国税庁ホームページの指示に従いながら暗中模索で作業を進めるやり方では、何度も壁にぶち当たってしまいます。主たる原因はホームページの不親切で冗長な説明にあると思いました。幸い試行錯誤の末になんとか電子申告を済ますことが出来ましたがいささかくたびれ果ててしまいました。e TAXの利用率は現在わずか2%前後程だそうですが、テレビをみて気軽に取り組んだ末に挫折したシニアの方は随分おられるのではと思います。私も振り回された感じはいたしますが、ボケ防止には顕著なる効果があったと思っています。

日吉駅は現在慶応大学の入学試験時期にあたり大勢の受験生やその親達で毎日ごった返しています。日吉キャンパスのシンボルである銀杏並木も今は枝のみが寒々と冬空にのびていますが、なんだか受験生の気持ちを物語っているように見えます。早く春が来て新緑の銀杏並木の下、若者達の活気ある明るい声が聞かれる風景が見られる日を待ちわびています。
おわり

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平成20年も平穏に明けました

日吉通信(H20年1月25日)
平成20年最初のブログです。すでにマンネリの感もありますが、今年もこれまで同様どうぞ宜しくお願いいたします。年頭に当たり頂戴した賀状を拝見しながら皆様の過去と現在に想いを馳せ、末永い健康と平穏を祈っているところです。
<小江戸、川越の正月>
今年も正月三が日は特段変わった事もありませんでしたが、3日は気分転換に昨今人気の埼玉県・川越市まで出かけてきました。当初、旅行社の企画した初詣ツアーへ参加するつもりだったのですが、時間的に束縛されるのが嫌で結局マイカーで出かけることにしました。
関越道を利用しましたが、心配したラッシュに遭うこともなく我家から僅か2時間弱で川越市に到着する事が出来ました。美観地区として知られる土蔵造りの店舗街は、各戸に門松が飾られ小江戸と呼ばれる情緒に溢れた通りには多くの観光客が行き交い華やいでいました。身近にこの様な雰囲気のある古い町並みがあるのを知ったのは大きな発見で、今年は積極的に近郊の古い町並みを探訪してみたいと思っています。
Kawagoe
写真:川越のシンボル「時の鐘」

<家内の入院>
月半ばには家内が白内障の手術のため3日ほど近くの関東労災病院に入院しました。彼女にとってはお産以来の入院だったのでかなり緊張したそうです。
手術は数年前からの懸案だったのですが、幸い無事に終了し安心いたしました。驚くほど良く見えるようになった反面、以前とは左右の見え方のバランスが違ってしまったため疲れ易いなどいろいろと不都合もあるようです。
またこれまであまり感じることもなかった部屋のほこりや顔のシワなどが急に気になるようになったと言っています。私も3日間病院に通ったのですが、驚くほど多くの人たちが色々な病気で苦しんでおられる様子を知り、健康である事の重要さを改めて認識いたしました。

<大相撲>
23日には両国国技館へ大相撲初場所を見にゆきました。日本人として大相撲と歌舞伎だけは一度は見ておきたいと思っておりました。町田に住む弟が親しい友人から初場所の升席を世話して貰ったので一緒に行かないかと誘われ家内と出かけたわけです。
みぞれが降る底冷えのする寒い日でしたが、館内は朝青龍の復帰によって久しぶりに盛り上がっておりました。我々の席は土俵から20mほどのベストポジションで定員は4名、お弁当,お土産つきの枡の値段は6万円ほどだそうです。テレビとは違い力士たちの激しい息遣いが感じられる迫力のある臨場感と鮮やかな色彩は、実地に体験しなければ理解できないものがあると思いました。
私は特にひいきの力士はいないのですが、あの朝青龍に天罰が下るのを期待しておりました。対戦相手は琴欧州だったのですが、館内は琴欧州への声援一色にもかかわらず朝青龍が簡単に勝ってしまった瞬間には落胆の大きなどよめきにかわりました。
それにしても朝青龍ほどの敵役は漫画の世界でもなかなか居ないほどで、そのふてぶてしい圧倒的な存在感には恐れ入ってしまいます。私はこれまで相撲は日本の国技なので外国人力士は完全に締め出すべきだとの意見でしたが、今ではそれが不可能なほど多くの外国人力士が幕内にひしめいているのを目の当たりにして複雑な心境になりました。
感銘を受けたのは館内の観衆のマナーの良さで、相手を罵倒するようなヤジは朝青龍の取り組みを含め一切聞かれませんでした。さすが国技だけのことはあると感心した次第です。
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写真:大相撲(両国国技館)

来月には雪国体験の小旅行を計画しています。また春節の休暇には中国・深圳に住む次男夫婦が一時帰国する予定になっています。他にもいろいろと予定がありますので、アッと云う間に春(3月)を迎える事になるのでしょう。
おわり

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西伊豆の旅

日吉通信(H19年12月25日)
早いもので今年も残り数日となってしまいましたね。貴方にとり2007年はどんな年だったでしょうか? 当方もお陰様で波乱の無い平穏な一年を過ごす事が出来ました。
日吉に住むようになって5年が経過しましたが、住めば都ですっかり当地の住人になった気がします。先月家内が所要で呉へ3日ほど里帰りしたのですが、新幹線が新横浜駅に帰着した時にはホッとしたと語っていましたが、その気持ちが良くわかる気がしました。
今月半ばには海の幸と温泉を求めて西伊豆まで一泊旅行へ出かけてきました。家内から呉で食べた新鮮な魚の話を聞きむしょうに欲しくなったのがその動機です。
今月はこの様子をレポートしたいと思います。
<西伊豆の旅>
以前テレビで西伊豆の旅特集を見て一度訪れてみたいと思っていたのですが、なかでも瀬戸内に負けぬ海の幸に魅せられたのが今回の旅の目的地に選んだ理由でした。
ネットで捜したところ土肥温泉(といおんせん)にイメージ通りの民宿をみつけ、さっそく予約の電話を入れてみました。我家からは川崎インターより東名高速に入り沼津インターまで走って伊豆半島を南下、西海岸の中間部にある土肥温泉までおよそ150Km強のドライブでした。
伊豆半島の西側は東側に比べより鄙びており、呉近郊の瀬戸内沿岸風景とどこか相通ずるのどかさが感じられました。民宿には午後3時過ぎに到着、4時半頃から目の前にある海岸に出て吹き荒ぶ西風のなか水平線に沈む美しい夕陽を眺めました。
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写真:西伊豆の冬の夕陽
宿に帰ってからさっそく温泉に入りその後部屋でゆっくりと豪華な夕食を楽しみました。食べ切れぬほどの海の幸が並びましたが、特に宿自慢の伊勢海老の造りは絶品でした。 翌朝は前日を凌ぐ快晴で、近くの富士山眺望の絶景ポイントとして有名な恋人岬に足を延ばし、その後半島を北上し戸田(へだ)漁港で海鮮料理の昼食をとりました。戸田海岸をゆっくり散策してから半島山間部へ車を進め、修善寺へ3年ぶりに立ち寄ってみました。2時間ほど一帯を歩いた後に帰途についたのですが、夕刻6時過ぎには無事我家へたどり着く事が出来ました。
今回の旅は肩の凝らない近場の温泉・グルメの旅として、師走の忙中に閑を見つけた感がいたします。来年も折にふれてこの様な近場の旅も楽しみたいと思っています。  
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写真:西伊豆より望む富士山

一昨日は例年通り山下公園そばの県民ホールまで横響の定期演奏会(「第九」)に出かけました。今回もあの大迫力の合唱を聴いて感動し清々しい気持ちになる事ができました。今後も一年の締め括りとして通い続けたいと思っています。この度は学生時代の友人夫婦と一緒に出かけたのですが、終わってから中華街のレストランで食事をとりながら互いの近況を語り合いました。友人も定年後今月まで関連会社で勤めを続けていたそうですが、来年からは完全リタイアするとの事です。私の場合は仕事先が身内で勤務条件が楽なうえ健康にもまだ自信が持てるのでもう暫くは働き続けたいと考えています。
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写真:クリスマス直前の夜景(みなとみらい)
食事後一緒に山下公園からみなとみらい地区まで美しい夜景を眺めながら散策しました。
クリスマス直前のため大変な人出でしたが、若かりし昔にもどりみなと横浜のロマンチックな雰囲気を堪能してきました。皆さん今年も大変お世話になりました。どうか良いお年をお迎え下さい。
おわり

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立山・黒部アルペンルート

日吉通信(H19年11月25日)
早いもので今年もあと一月を残すのみとなりましたね。寒波が来襲し肌寒くなったので、街なかのクリスマスイルミネーションもようやく雰囲気が出てきた様な気がします。
今回は月初に出かけた“立山・黒部アルペンルート”への旅と、つい先日開催された大学時代のクラス会の様子についてレポートしたいと思います。

<立山・黒部アルペンルート>
この観光ルートは国内旅行の中でも特に人気コースの一つなので、皆さんも既に何度かお出かけになっている事と思います。私も5月の連休時か秋の紅葉の時期に是非訪れてみたいと前々から思っておりました。
むかし大学時代に富山出身の友人と一緒に立山,剣岳登山をした際、山頂から遠く黒部ダムを望み、いつかは訪ねて見たい強い願望に駆られた記憶があります。当時はダム建設工事の真っ最中で現在のような観光ルートなど無く、一般の人たちがこの秘境に立ち入るのは殆ど不可能な時代でした。
工事資材運搬のため黒部峡谷を遡る軌道が宇奈月温泉から出ていましたが、当時は現在のような観光登山電車などではなく工事用トロッコに便乗して途中の停車場まで運んで貰ったものです。
宇奈月温泉の入口に半世紀前に泊った安宿が今も民宿として残っており驚きました。当時一泊二食2000円、学生としては奮発したつもりでしたが建物の裏に温水加熱用のプロパンボンベを見つけ、どうもこの宿は宇奈月温泉旅館の範疇には入らない事を知ってガックリしたのを覚えています。
今回乗車したトロッコ電車は窓ガラス付き,暖房付きの快適なもので、車窓から黒部峡谷の美しい紅葉をたっぷり堪能する事が出来ました。
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写真:黒部峡谷トロッコ電車
翌日は黒部ダムから立山の室堂までトロリーバス,ロープウエイ,ケーブルカーなどを乗り継いで登りましたが、海抜2800mの地点は既に氷点下で一面が銀世界でした。
ここの観光ルートは大変良く整備されており、迫力のある美しい自然と相まってスイスのアルプス観光にも劣らない規模と内容を持っているように感じました。
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写真:立山・室堂

<大学時代のクラス会>
先日大学時代に機械工学科の同じクラスにいた友人から突然電話があり、クラス会を開くので参加しないかとの案内を貰いました。私の場合、学生時代の友人との交流はこれまで主にゼミのグループ仲間が中心でしたが、懐かしさも手伝いすぐに出席の返事をしました。
この歳になると殆どの人が既にリタイアしており、お互い利害関係も競争意識も無く素直な気持ちで旧交を暖める心境に達している様です。会場はお茶の水の大学施設内に出店している「椿山荘」で行われました。
13名の出席者がありましたが、殆どの人は数十年ぶりの再会だったため名前と顔を一致させるのが困難だったのは止む終えない事と思いす。中には愛知県や長野県から駆けつけた人たちもおりました。
大出世して目立つ存在の人や自営業で苦労した人など様々でしたが、そこそこ充実した人生を送ってきた人たちが大半のように見えました。
殆どの人が欧米や中国など海外勤務の経験をしており、珍談,苦労話など共感をもって楽しく語り合う事が出来ました。卒業後、高度成長時代の企業戦士として無我夢中で働き、気がつけば人生の拠り所としていた価値観がいつの間にか陳腐化しつつあるのを感じながら定年を迎えた仲間同志、お互いの連帯感が時間と共に強まって行くのを感じました。自分自身の人生もほぼ中庸を行ったのかなとクラス会に顔を出して思った次第です。

昨日は理工学部・農学部共催のホームカミングディに大学から招待を受けたので、ゼミ時代の友人と誘い合わせて出かけました。小田急線の生田駅下車、会場の大学キャンパスまで徒歩10分ほどです。ここは現役時代にリクルート活動のため何度も訪れた事があるので今でも勝手がよくわかっています。丁度大学祭が行われていたのでセレモニーに出席した後は祭の様子を友人と見て回りました。大学祭を楽しむなど本当に久方ぶりでしたが、女子学生がやたらに多く、男臭かった昔の工学部大学祭の雰囲気とは様変わりしておりました。現在の学生達にはかっての貧乏臭さや強い自己顕示意識などは消え失せており、良く言えば上品、悪く言えば脆弱な感じを受けました。やはり世の中が豊かになり一人っ子が主流となったこと、また女子学生数の増加がこれを助長したのだと思います。昨日は久しぶりに母校のキャンパスを訪れ、かっての青春時代の雰囲気に戻る事が出来て心豊かな気持ちとなりました。
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写真:大学祭の風景
おわり

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片品村の秋

日吉通信(H19年10月25日)
この夏の猛暑が嘘のような、冷気の心地よい時候となりましたね。日吉駅前の慶応大学銀杏並木はまだ色づいていませんが、先日は一足早い秋を求めて日光・尾瀬方面へ小旅行を楽しんできました。今月はこのレポートをしてみたいと思います。 
<片品村の秋>
毎年訪れている片品村のペンション“てんとうむし”から紅葉狩りツアーの案内メールが送られてきたので申し込んでみました。片品村は群馬県北部にあり尾瀬ハイクのベース基地としてよく知られています。
このペンションは数年前にインターネットでたまたま見つけたのですが、経営者夫妻の温かい人柄が気に入りよく利用するようになりました。11日夕刻にペンション集合、その夜一泊して翌朝マイクロバスで近郊の紅葉の穴場をまわると云う“てんとうむし”オリジナルのツアーでした。

11日早朝に我家を車で出発、東北道から日光へ入りました。中禅寺湖周辺はまだ紅葉には早すぎましたが、奥に進み戦場ヶ原一帯に入ると美しい秋の風景が眼前に広がってきました。特に日光白根山のロープウエイで2000mの展望台に登ると一面が鮮やかな黄葉,紅葉の海で実に見事でした。展望台には天然温泉の足湯が設けられており、絶景を眺めながらの一休みは最高の気分にしてくれました。
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写真:日光・戦場ヶ原の草紅葉
金精峠を越えて片品村へ入り、ペンションには3時半頃に到着しました。まだ時間があったので近くの温泉施設(花咲温泉)まで出かけ、露天風呂でゆっくりした後に夕方 “てんとうむし”に戻りました。
ツアー参加者は我々夫婦を含めて9名でした。同年輩のシニア夫婦およびご婦人4名を引率した中年男性の一行と云う構成でした。
シニア夫婦は何と我々と同姓で、めったに無い珍しい苗字同士なのですっかり意気投合してしまいました。もう一方は同好会のグループで、リーダーの男性は薔薇(イングリッシュローズ)の栽培では日本でもオーソリティだそうで雑誌やテレビにも良く出ている方でした。ガーデニングが趣味の家内はすっかり虜になり色々と教示を受けておりました。和洋折衷の豪華な夕食が終わる頃には全員がすっかり打ち解けその後も会話が夜遅くまで弾みました。これもペンションと云う開放的な雰囲気とオーナー夫妻の人柄によるところが大と思います。

翌朝は7時に朝食、8時にはペンションの主人が運転するマイクロバスに乗り込み紅葉狩りに出発しました。最初に訪れたのは尾瀬の入口の一つ鳩待峠で沢山のハイカーで賑わっていました。目を引いたのはNHKのスタッフが尾瀬の紅葉をモーターパラグライダーで紹介するための機材を運び込んでいるところでした。帰宅してからこの映像を見たのですが、何か我が事のような親近感を持って尾瀬の秋の風景を振り返る事が出来ました。
その後リンゴ狩りをしてから、紅葉の名所“照葉峡”に向かいました。ここはシーズンの土日になると車で身動きが取れなくなるそうですが、当日は金曜日であったため通行もスムーズで時々車を降りては森の空気を吸い、美しく色づいた眼前の紅葉,黄葉の写真をゆっくり撮る事が出来ました。
地域一帯の様子を熟知したペンションの主人が企画したツアーだけに詳しい案内を聞きながら効率的に紅葉の穴場を満喫する事が出来て本当に有意義で楽しい時間が過ごせたと思います。「何事にも先立ちはあらまほしきことなり」とつくづく思った次第です。
次回は雪のシーズンにまた片品村を訪れてみたいと考えています。
Katashinamura
写真:照葉峡の紅葉

昨日は家内とオランダ風俗画“牛乳を注ぐ女”のフェルメール展を見に出かけました。
お昼に長男を築地に呼び出し場外市場でお寿司をご馳走になった後、六本木の国立新美術館へ向いました。ここに来たのは初めてでしたが、人気の企画展だけにウイークデーにも拘らず大変な人出で混雑していました。絵画鑑賞については素人の私ですが“牛乳を注ぐ女”には見る者に強烈な感動を与えるオーラを感じた次第です。芸術の秋、時には美術館巡りも良いものだと思いました。
おわり

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まちかど図書館

日吉通信(H19年9月30日)
今年はいつまでも残暑が続きましたが、月末になりようやくいつもの秋がやってきましたね。今回の様な異常気象は今年だけの例外にしておいて欲しいと思います。
先日は家内とララポート横浜のシネコンまで映画“ミス ポター”を見に行きました。
英国女流作家ビアトリクス ポターの半生を描いた作品です。今年6月にイギリスを旅した時にこの映画(現地で上映中)の事を知り、是非見たいと待っていた映画でした。舞台となった美しい湖水地方の情景が鮮やかに蘇り、あのピーターラビットの世界を懐かしく思い出す事が出来ました。
来月は20世なかば欧米で一世を風靡した女流歌手の伝記映画“エディット ピアフ”を見に行く予定です。最近の映画館は昔と違いゆったりと落ち着いた雰囲気て鑑賞することができ、現実から離れしばし別世界に身をゆだねる事が出来るのは素晴らしい事ですね。そのうえシニア料金1000円は若い人には申し訳ないですが本当に有難いと思います。

<まちかど図書館>
横浜市栄区(鎌倉市の隣)に住む義弟は某大手出版社に長年勤務していたのですが、無類の本好きでリタイアしてからも各地の書店や古書店へ足繁く通い、気に入った本を見つけると手当たり次第に買い込んでいます。蔵書はあらゆるジャンルに及び既に1万冊をゆうに超えていますが、なかでも歴史や考古学の分野は充実している様です。妻である妹も以前より古美術蒐集に熱心で、これまでは家中が書籍や書画骨董で溢れ足の踏み場も無い有様でした。
今年になり家の建て替えを機に、義弟は長年の夢であった“まちかど図書館”をオープンさせるべく着々と準備をすすめていたのですが、近々開館を迎える運びとなりました。
新居の1階入口に80㎡弱の図書室を設け、本好きの人たちやご近所の皆さんに開放して自由に本を楽しんで貰うのだそうです。
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写真:開館直前の"まちかど図書館”
入場は無料だそうで、同好の士と書籍談義に花を咲かせたり、来館者とお茶を飲みながらもろもろ雑談するのも楽しみにしている様です。
彼は能登・輪島の出身で漆器等にも詳しく、最近ではなかなかお目にかかれない味のある人物だと思います。妹は現在まだ現役ですが、将来は自分の骨董も図書室の片隅に陳列し、仲間の溜まり場にしたいと言っています。
この“まちかど図書館”は、特にPRなどはせず口コミで広がって行くのに任せたいそうですが、私のブログを読んでくださる人の中でもし興味をお持ちの方がおられましたら一度是非足を運ばれませんか?館主もきっと大歓迎してくれるものと思います。当面オープンは毎週火曜日,水曜日の12時~17時で考えているとの事です。
詳細についてお知りになりたい方は当ブログのコメント機能を使って私までコンタクトしてください。
おわり

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杉並の旧居

日吉通信(H19年7月27日)
関東地方もようやく梅雨明けした様で毎日猛暑に見舞われておりますが、皆さんその後如何お過ごしでしょうか? 今月中旬には久しぶりに尾瀬に出かける計画を立てていたのですが、台風来襲のため諦めざるを得ませんでした。
先の日曜日にはみなとみらいのシネコンまで、家内と久しぶりに映画を見に出かけました。モーツアルトのオペラ「魔笛」を映画化した話題の作品でした。俄か勉強ですが事前にそれなりの下調べをしておいたので、何とか物語の展開について行く事が出来ました。
本来のオペラの舞台は古代エジプトなのですが、映画では第一次世界大戦の戦場に置き換えられてありました。
朗々たる歌唱の素晴らしさやオーケストラの迫力はさすがモーツアルトだと感激したところです。18世紀生れのモーツアルトがもしこの映画を見たならどんな感想を漏らしただろうとふと思ってしまいました。
<杉並の旧居>
私は大学時代、東京・杉並区の西荻窪にある社宅に住んでいました。丁度大学入学の年に父が北九州の八幡製鉄所から東京本社へ転勤となり、家族でここに移ってきたわけです。
当時の八幡製鉄は大変ステータスが高く、部長クラスの社宅は山の手の借上げ邸宅でした。
我々が住んでいた家は武蔵野の面影が残る閑静な住宅地で、井の頭公園や東京女子大なども近くにあり、一帯には名の知れた文化人も多く住んでいると云う典型的な山の手地区でした。近所には大きな門構えの邸宅が並び、隣のお宅では毎年正月に関取衆が挨拶に来ているのを目にしました。両親はここに5年間ほど住んだ後、横浜・港北区(日吉)に居を構え現在に至っています。
私は大学生活をその様な環境で過ごしたわけですが、両親も人生の最も充実した時期に暮らした杉並の地には今も強い愛着があるようです。先日、両親の強い希望もあり下の妹も一緒に懐かしい西荻窪を訪れてみました。
日吉からは車で環8を経由し五日市街道を走って1時間ほどの距離です。
40年経った現在の西荻窪はさすがに様変わりしていましたが、まだあちこちに昔の見覚えのある面影が残っていて熱くなってしまいました。残念ながら旧居は小さなマンションに建て替えられていましたが、時代の流れでこれは止む終えない事だと思います。JR中央線・西荻窪駅前通りに今も残っていた洋菓子兼フランス料理店「こけし屋」で食事をしてから日吉に帰りましたが、東京オリンピックの開会式の際には、この賑やかな通りが全くの無人になってしまった事を懐かしく思い出しました。
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写真:五日市街道

英国旅行から帰ってすぐにスコットランドのグラスゴー空港でテロ事件が発生しましたが、幸にも我々は騒ぎに巻き込まれずに済んで胸をなでおろしました。
我々の時もヒースロー空港ではチェックイン時と搭乗時に二回も靴まで脱がされる執拗なセキュリテイチェックを受けウンザリしました。
空港内は大勢の旅行者で溢れまさに難民収容所の様相を呈していて旅の楽しさもぶち壊しだと思いました。
平時でもこの状態ですので、テロ事件以降の厳戒態勢は想像を絶するものであろうと思います。今も日本から連日訪れている大勢の旅行者はきっと面食らっている事でしょう。昨年もテロ騒ぎで英国旅行を延期した経緯がありますが、英国や米国の大都市への旅は当面敬遠したほうが賢明の様です。
おわり

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しげこガーデン

日吉通信(H19年5月24日)
ゴールデンウイークも瞬く間に過ぎ去り蒸し暑い梅雨が目前に迫りましたが、その後お変わりございませんでしょうか? 私たちの連休は次男夫婦が中国・広州より里帰りしたため、その付合いで過ぎてしまいました。考えてみれば現役時代も連休を無為に過ごした空しさを毎年味わっていた様な気がします。5月の連休も正月休みもですが、指折り数えて待つ日々の方がずっと楽しいのかも知れません。

<しげこガーデン>
家内は以前よりガーデニングが好きで、暇さえあれば我家の庭で土いじりをしています。昨年6月にはマニアの間では知られている北海道滝上町にある“陽殖園“を訪ね、園主の高橋武市さんに会って広大な庭園を見せて貰い大いに啓発された様です。
先日NHKハイビジョン放送でたまたまオープンガーデンの紹介をしていたのですが、伊豆・伊東市に住むご婦人が自宅の庭園を“しげこガーデン”として希望者に公開している事を知りました。
インターネットを検索して連絡先を見つけ、電話で見学希望のお願いをしたところ「明日は留守をするので、どうぞ自由に庭に入ってご覧になって下さい」との返事をいただきました。
翌朝さっそく車で出かけたのですが、伊東市の邸宅まで約2時間半かかりました。お宅は伊豆の海を見下ろす高台にあり、庭園はイングリッシュガーデン風になっていて広大な敷地には丹精込めて育てられた花々が所狭しと咲き誇っていました。
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写真:しげこガーデン入口(伊豆・伊東市)
幸な事に我々が訪れた時にはまだ在宅しておられ、遠路の訪問を心より歓迎してくださいました。賀子(しげこ)さんとおっしゃる親しみやすい女性でしたが、ガーデニングに対する情熱には半端でないものを感じました。
庭造りの苦労を知る家内は、これだけ広く本格的な庭園を維持管理するのは並大抵の事ではないとしきりに感心しておりました。
家内とゆっくり庭園を見て回った後に、邸宅入口近くにある東屋に案内されました。傍には数名がテーブルを囲んで雑談できる“足湯”(温泉)のコーナーが設けられており驚いてしまいました。ご好意に甘え足湯に入らせて貰ったのですが、さらに摘みたてのハーブ茶までご馳走になって恐縮しました。
“しげこガーデン”は近郊から連日多くの人が見学に訪れているようです。日々丹精込めて造った見事な花園を独り占めすることなく、一般の人たちに自由に見せてくださる大らかさには頭が下る思いがしました。
帰りにしげこさんより「庭の姿は四季折々に表情を変えるので、どうぞまた見に来てください」と言って下さいましたが、今後も折に触れ訪れてみたいと思いました。
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写真:しげこガーデンの内部
3年前にニュージーランドを旅行した時、クライストチャーチ市内の一般家庭の庭園を巡る現地ツアーに参加した事がありますが、華やかでカラフルな庭の美しいさには感嘆したものの日本庭園の様な奥深さは正直感じられませんでした。これはスイス旅行の時も同様だった様に思います。
これに対してイングリッシュガーデンは英国的な侘び寂びが漂っている感じで、日本人にも何かしら心が落ち着き共感の持てる雰囲気がある様に思います。来月はじめには念願の英国旅行を計画していますが、あちこちで本場のイングリッシュガーデンを鑑賞するのを今から家内と楽しみにしているところです。
おわり
My_garden
写真:我家の庭の風景(バラが満開です)


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区長選公開討論会

日吉通信(H19年4月25日)
新緑の季節となりましたね。 日吉駅前の慶応大学銀杏並木も今緑が燃えるように鮮やかです。連休も目前ですが、先日次男夫婦が中国・広州より休暇で一時帰国するとの連絡が入ったため、特別な予定は入れずに待っ事にしています。
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写真:新緑の庭園美術館(目黒)
<区長選挙公開討論会>
東京青年会議所のメンバーをしている長男は、東京都中央区の区長選挙公開討論会の開催・運営の実行役を任され年初よりその準備で忙しくしておりました。
準備は候補者への折衝から始まり、自治体や警察などへの根回し、マスコミへの協力要請はては街頭でのビラ配りまでやらねばならず大変だった様です。
その公開討論会が4月10日夕刻に月島の社会教育会館で開催されたので、興味半分で日吉よりわざわざ夫婦で出かけてみました。入場者は150人ほどで約7割の入りと云ったところでした。候補者は現中央区長と共産党系の男性二人のみと云う少々盛り上がりに欠けた討論会でした。
中央区は現在人口が10万人程度だそうで、3万票とれば区長に当選出来るとの事。中央区には日本を代表する一流企業がひしめき、また銀座や日本橋など超有名ブランド店が軒を連ねているため自治体の財政の豊かさはピカ一の様です。
夕張市に代表される地域格差が叫ばれておりますが、世の中いろいろだと思いました。私も可能ならば中央区民になりたいところですが、狭いマンションでも一億円以上はするそうでちょっと無理な話です。
区民が最も関心を持っているテーマは、“築地市場の移転問題”だそうで、両候補とも反対の立場でした。
その他「日本橋」の頭上を走る高速道路撤去の問題や情報公開の推進など私たちにも関心のあるテーマが論じられていました。
公開討論会などこれまで一度も出た事はありませんでしたが、この度初めてそれも別世界の地域の様子を直接見聞きすることが出来て面白く参考になりました。
Town_meeting_1
写真:東京都中央区長選挙公開討論会
<同期入社の会>
先日、京橋の美々卯で久しぶりに同期入社のOB会が開催されました。我々が入社した昭和41年は鉄鋼不況の真っ只中で、事務・技術あわせて僅か15名と云う寂しさでした。現在在京のメンバーは計7名ですがこれ迄と同様全員が元気な顔を見せてくれました。
皆それぞれに歳を重ねてはおりますが、充実したシニア生活を満喫してる様子が伺えました。話題は専ら会社関係の知人の消息、健康管理や年金・保険の話、奥さんとの役割分担などたわいない内容でしたが、しばし現役時代の昔に戻って楽しいひと時を過ごしました。私もいつまでも健康で若々しくありたいと願っておりますが、仲間の連中の様子を見、聞いて大いに刺激を受けたところです。
Daikanyama
写真:アメリカはなみずき(代官山)
先日、あるインターネットへの書き込みで次のような記事が目にとまりました。
記入者は30代のサラリーマンで、「今月はじめ通勤電車に乗ったら、いつもは座れるハズの座席が大勢の老人達に占領され立たざるを得なかった。漏れくる彼らの会話を聞いていると、“青春18切符”の有効期限が迫ったので、とにかく家から出てきたのだそうだ。
非生産的な老人が大した消費もせずに大挙してあちこちウロつかれるのは真に迷惑だ!」との内容でした。年長者を邪魔者扱いする無礼千万な暴言だと思いますが、余程座席が確保出来なかった事に腹が立ったのでしょう。ただ読んでいて我々シニア族も自分達が現役世代の目にどの様に映っているのか良く考えて行動する必要がある様に感じました。通勤時間帯にシニア達がリュックサックを背負ったままゾロゾロ,ワイワイと乗り込んで来られるとイラつく心境も分かる気がします。
団塊の世代の大量退職と共にシニア族の存在は今後嫌でも目立ってきますので、極力若い世代の反感を買わない様な心配りをする必要がある様に思いました。
おわり

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氷川丸の絵

日吉通信(H19年4月3日)
今回もブログの更新が遅くなってしまいました。理由は最近結婚した次男夫婦に会いに、先月末より中国・広州まで家内と旅をしていたためです。
彼らは仕事で超多忙なため滞在も週末の4日間だけというトンボ返りでしたが、久しぶりに二人の元気な様子を見ることが出来安心いたしました。
このレポートは書き始めると長くなりそうなので後日のチャンスに譲りたいと思います。
China
写真:中国・広州市 沙面地区
今年は記録的な暖冬でしたが、3月に入って結構寒い日が続き、桜の開花も昨年とあまり変わらぬ時期になってしまいましたね。当地も今が桜の盛りで、我家周辺もあちこちで見事な満開の姿を見せてくれています。
<氷川丸の絵>
先日町田市に住む弟から、所属している絵の同好会の展覧会を関内のギャラリーで開催するので是非見に来るよう連絡がありました。
横浜への買い物がてら家内と出かけてみたのですが、なかなかの力作揃いで楽しめました。
その中に山下公園側から氷川丸を描いた一点の水彩画が目に留まりました。我々夫婦にとって山下公園、特に氷川丸は若い頃から愛着があり、無性にこの絵が欲しくなったので、弟を通じて作者にお願いしたところ快く譲って戴くことが出来ました。現在我家の居間には呉を離れる際に入手した呉港の水彩画二点と「氷川丸の絵」を並べ毎日眺め悦に入っています。
Living_room
写真:我家の居間と氷川丸の絵(右)
<犬吠埼へのドライブ>
昔ユーラシア大陸の最西端、ポルトガルのロカ岬を一人旅した事があります。
ここは有名なポルトガルの詩人による叙事詩の一節“ここに地終わり海始まる”の石碑があり、強風すさぶ荒涼とした大西洋を岬から望みいたく感動したのを覚えています。
この時、帰国したら東端にある犬吠崎を必ず訪れてみようと心に決めていました。しかしながらリタイア後当地に越して来てからは、逆に何時でも行ける距離となったため緊急性が薄れズルズルと最近に至っておりました。
先日急に思い立って家内と犬吠崎まで日帰りドライブを楽しんできました。高速道を使い片道約4時間強の距離です。ここはロカ岬とは違い、観光地として開けたところでしたが、雄大な太平洋に突き出す岬の様はまさに絵になる絶景でした。
ここは倒産の危機にある銚子電鉄が数々の起死回生策(濡れ煎餅など)を打ち出す様子がテレビで放映され、これが話題を呼んだのかどこも大変な人出でした。岬近くの駅のそばに有名な回転寿司屋があります。小さな店なのですが、小学校の運動場ほどの駐車場が満杯で店内も客で身動きの取れぬ程混雑しておりました。
せっかく来たのだからと辛抱強く待ったのですが、席にありつけたのは1時間半近く待った挙句でした。ところが味や値段は特に感激するほどのものでなく、貴重な時間を浪費してしまった事を後悔しました。“名物に旨いものなし”と言われますが、事前の詳細な情報入手の大切さを痛感しました。
似た様な思いは各地の旅先でも経験しておりますが、逆に思いがけず素晴らしいご馳走にありつける事もあり、これは運次第という事なのでしょうか?
Cape_inubo
写真:犬吠崎灯台より太平洋を望む
今月半ばには久しぶりに会社の在京同期OB会が開催されます。皆が現在をどの様に過ごし何を考えているのか話を聞くのを楽しみにしています。
おわり

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平穏だった2006年

日吉通信(H18年12月27日)
有馬記念のディープインパクトのラストランは凄かったですね。まさに“天駆ける”の表現通りの疾走に理屈抜きで感動しました。今年は他にWBC対韓戦での福留選手のホームラン、それに冬季五輪での荒川選手の華麗な氷上の舞いが強烈な印象として残っています。
いよいよ2006年もお仕舞ですね。それにしても暖かい日が続き、今ひとつ年の瀬の気分になれません。ドイツの知人から貰ったクリスマスカードには、暖冬で「今年はグリーンクリスマスになりそう」と嘆いてありました。彼の地も地球温暖化の影響は深刻な様で、今年は12月になっても雪どころか霜も降りないのだそうです。
17日の日曜日には山下公園まで家内と横響の「第九」を聴きに行きました。当地に越してきて毎年出かけているのですが、昨年までは港からの寒風で震え上がる程の寒さでした。しかし今年はそれ程でもなく公園内は大勢の人たちで賑わっていました。
新聞やテレビでも報じられていましたが、横浜港のシンボル“氷川丸”がクリスマス迄に営業終了となり日本郵船に引き取られるため今後船内見学が出来なくなるとの事です。
そんなわけで開演前の時間を利用して駆け足で船内見学をしてみました。内部は思いのほか老朽化が進んでいましたが、かって北太平洋の女王と呼ばれた豪華客船の名残が随所に偲ばれ感慨深いものがありました。氷川丸周辺の港の風景は我々夫婦にとっても若かりし時代から愛着のある場所で、これからも末永く横浜港のシンボルとして大切に保存して欲しいと願っています。
Hikawamaru
写真:氷川丸

<師走の鎌倉>
毎年12月には鎌倉を訪れているのですが今年も先日家内と出かけてみました。
師走の鎌倉はどこも紅葉や黄葉が見事で実に風情があります。 土日は混雑しますがウイークデーだと人出もそれ程でなく、のんびりと晩秋の古都の雰囲気を味わうことが出来ます。今回ははじめに浄明寺,報国寺を散策し、その後円覚寺と東慶寺などを訪れてみました。ここでも目についたのは中年以上のご婦人方のグループでした。彼女達のバイタリティにはいつも敬服?しているのですが、長年子育てや家庭を守ってきた功績を考えると大目に見てあげるべきかと思っています。
一方シニア男性の方はゴルフ場を除いてどこも影が薄いのですが、ここでは珍しく20名ほどの熟年男性の一行を目にしました。彼らは全員が三脚付きの高級一眼レフカメラを持っており、先生とおぼしき中年男性から写真撮影の実地指導を受けていました。
多分“シニアのための写真撮影の手ほどき”と云ったツアーか何かだろうと思います。
年齢を重ねると共に、女性陣の元気さが男性陣を圧倒する傾向にあるようですが、この度元気なお父さん連中を見て少し安心した次第です。
Kamakura
写真:晩秋の鎌倉

<平穏だった2006年>
今年は平凡でエキサイテイングな出来事があまり無かった年でした。不完全燃焼の年だった様にも思いますが、平穏で心豊かに暮らせた一年間だったと思い直しています。
家内と良く話をするのですが、現在の生活ほどこれまでの人生の中で心身ともに充実した時期は無かった様に思います。熟年夫婦とは云ってもまだまだ気力も体力も十分なうちに思い残すことなく人生をエンジョイしておかねばと考えています。来年も新しい生き甲斐を求めて頑張りたいと思います。
皆さん今年も大変お世話になりました。どうか良いお年をお迎え下さい。
おわり

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旧友夫妻を訪ね軽井沢へ

日吉通信(H18年11月29日)
明後日からいよいよ師走入りですね。テレビによると将来は暖冬が進み、お正月が紅葉の季節になるそうですが困ったものです。10年前南アフリカで仕事をしていた時に、先方の社長さんからクリスマスパーテイに招待された事があります。南半球なので真夏のクリスマスでしたが、皆半袖シャツ姿で何とも違和感を感じた事を覚えています。今世紀後半には日本も似た様な師走風景になるのでしょうか?
今月は暖冬にもかかわらず後半に風邪をこじらせ、大事な予定を二つも棒に振ってしまいました。喉をやられ激しい咳が続いて仕事も数日間休んでしまいました。実現出来なかったものの一つは、後半の飛び石連休に妹夫婦の八ヶ岳の山小屋を基地にして飛騨高山をゆっくりと散策する事でした。今月の日吉通信のメインテーマにするつもりでいたのですが・・・。もう一つは月末のゴルフで、これも前から楽しみにしていたのですが残念でした。今後はこれに懲りて冬場の体調管理に十分注気をつけたいと思っています。
<旧友夫妻を訪ねて軽井沢へ>
呉時代、独身のころから親しくしていた友人夫婦が現在軽井沢に住んでおり、ここ30年近くは年賀状の交換だけ続けていましたが、今月初旬に彼らを訪ねて現地へドライブ旅行をしてきました。
軽井沢はすでに紅葉の盛りを過ぎているとの事だったので、富士五湖経由で中央道に入り、長坂インターより小海線に沿って北上、佐久から軽井沢に入るコースを選びました。
富士五湖一帯は紅葉の盛りで、河口湖では丁度モミジ祭の最中でした。当日はこれ以上ない素晴らしいお天気で、色々な角度から美しい富士山の全貌を見る事が出来ました。特に最高だったのは本栖湖から見た富士山で、千円札の裏側に描かれた絵そのままの姿にしばし見とれてしまいました。
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写真:本栖湖より見た富士山

その後晩秋の八ヶ岳山麓をのんびりドライブし、夕刻に軽井沢に入る事ができました。
友人夫婦とは30年ぶりの再会でしたが、すぐに呉時代の昔に戻って話に花を咲かせました。夕食は近くにある洒落たレストランでご馳走になった後、近郊の温泉に案内してもらいました。すでにシーズンも終わった時期のためか、どこも人影はまばらで、ゆっくりと秋の深まった静かな軽井沢の雰囲気を楽しむ事が出来ました。
翌日はあいにくの天気に変わり霧も出て肌寒かったため志賀高原など近郊のドライブは諦めて、軽井沢市内のアンテイークショップや小さな民芸品店などを巡った後、碓氷峠近くにある温泉まで足を延ばし露天風呂に浸かってから帰途につきました。
帰宅後翌日のテレビで軽井沢方面に初雪が降ったことを知り、ギリギリのタイミングながら軽井沢を訪れて友人夫婦と念願の再会が果たせて本当に良かったと思いました。
Karuizawa
写真:晩秋の軽井沢風景

<誕生日会>
呉から当地に越してきた時、隣に住む父の提案で誕生日会をはじめる事になりました。
両親と我々夫婦4人の誕生日にどこか人気のレストランやホテルへ食事に行く事とし、その費用は誕生日該当者が負担すると云うルールです。すでに4年を過ぎましたが、一度も欠かすことなく現在まで続いています。最近では私の誕生日(8月)に早稲田のリーガロイヤルホテルで大隈庭園を眺めながら食事しました。今日は母の誕生日(12月)の行事として横浜・山手にある西洋館の一つ「十番館」に出かけてきました。外人墓地前の眺望の良いロケーションで、2階が洒落たフレンチレストランになっています。母も以前より一度入ってみたかったそうで大変喜んでいました。ウイークデーのためお客さんもまばらで、ゆっくりと窓外の紅葉を眺めながらクラッシックな雰囲気と食事を楽しむ事が出来ました。
Jyubankan
写真:山手「十番館」より窓外を望む
両親とも高齢で、特に父は90歳を超えていますがステーキも我々と同じ様にOKなので、これからもこの誕生日祝いの行事は続けてゆく事が出来そうです。
この5月の父の誕生日には、箱根の富士屋ホテルへ会席料理を食べに行きましたが、両親の誕生日には出来るだけ高級なところに連れて行って貰おうとたくらんでいます。
おわり

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ホームカミングデー

日吉通信(H18年10月30日)
今年も残すところあと2ヶ月ですね。私にとっては不完全燃焼のまま終わりそうな一年となりそうで少々憂鬱な気分です。それにしても地球温暖化の影響か、秋の深まりが遅くなりましたね。子供の頃に比べ半月以上は確実にずれてしまった気がします。日吉駅前の慶応大学銀杏並木もまだ緑のままです。
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写真:日光国立公園の紅葉
先週末には久し振りに紅葉を求めて遠出をしてきました。早朝我家を出発、東北道を北上し那須高原一帯をドライブした後、塩原-日光間の有料道路“もみじライン”に入り沿道の素晴らしい紅葉や黄葉を堪能してきました。午前中はあいにくの曇天でしたが、幸運にもお昼からは晴天に変わり、明るい日差しに映える山々の秋の美しさを楽しみました。
その後鬼怒川温泉に立ち寄り露天風呂でさっぱりしてから帰途についたのですが、500Kmを越すロングドライブはさすがに疲れました。
今月は前々から行きたかった駒込の“旧古川庭園”や“六義園”にも足を運んでみました。いずれも風格のある名園で、歴史と伝統の重みを感じた次第です。
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写真:旧古川庭園
<ホームカミングデー>
先月はじめ、大学卒業10,20,…,50年のOBを対象にホームカミングデーの招待状が大学より送られてきました。最近どの大学も競って同様のイベントを行っている様ですが、少子化による将来の学生数減少対策の一環なのだと思います。私は卒業40周年に該当しますが、この様な招待状を貰ったのは今回が初めてでした。面白そうだったので家内と御茶ノ水の会場まで出かけてみたのですが、各種盛りだくさんの講演会や音楽会など趣向がいっぱいで、学生時代の昔に戻って楽しむ事が出来ました。
ここでも目についたのがご婦人方のグループで、彼女たちもかっては華の女子大生としてキャンパスを闊歩していたのかと思うと時の流れの無常さを感じさせられました。
出席者には全員大学から特製の「懐中時計」がプレゼントされたのですが、平成の世によくも前時代的な記念品を考えついたものだと大学のセンスに感心?してしまいました。
大学の構内の様子には隔世の感を禁じ得ませんでした。良く云えば全てが豪華,清潔,スマートになっており、かっての伝統の泥臭さがすっかり蔭をひそめてしまった事に何か寂しさを感じました。
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写真:御茶ノ水の風景
またこのホームカミングデーとは直接関係はないのですが、大学時代のゼミの会の50周年記念を祝う行事が2週間後に行われたのでこれにも出席してきました。
恩師が第一回のゼミ生を送り出してから50年目を祝うものですが、当時先生は30歳前の新進気鋭の助教授で、そのゼミ“加工学研究室”は大変な人気がありました。私は第九回卒ですが、早い卒業年次ほど先生への忠誠心や同期の結束力が強い気がします。記念行事は二部構成となっており、前半は2時間ほど恩師の講演を聞きました。先生の早口,毒舌は昔から有名でしたが、リタイアされた現在もその話しぶりは当時のままで、全員学生時代の名講義を思い出し熱心に聞き入りました。
世の中、学校や会社のOB会が花盛りですが、豊かで平和な時代に生きる事の出来る有り難さをつくづく感じます。
おわり

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今年の夏も暑かった

日吉通信(H18年8月31日)
酷暑の季節もようやく終わろうとしていますが、皆さん今年の夏は如何でしたか?
この夏も本当に暑かったですね。特に連日の熱帯夜には参ってしまいました。ようやく朝夕は秋の訪れが感じられるようになりホッとしているところです。
私は夏休みシーズンは現役組に遠慮して静かにしておくのが賢明と思っています。この時期は遠出せず美術館や博物館など都心の施設を巡るのが穴場的な夏の楽しみ方だと思います。先日も京橋の事務所のすぐ傍にある「ブリジストン美術館」や両国の「江戸東京博物館」に出かけてきました。いずれも来館者はまばらで、涼しい環境の中ゆっくりと静かな雰囲気を楽しむ事が出来ました。
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写真:隅田川クルーズ
今月の英国航空機テロ未遂事件には驚きましたね。どんなに警戒を厳重にしても犯行を100%防止する事は不可能で、一般旅客にとってはただ祈るくらいしかありません。
私も過去に何度か類似の経験(今回ほど深刻ではありませんが)をした事がありますが、靴まで脱がされる徹底したボデイチェックは安全のため止む終えないとしても、耐えられないのが大混雑した空港のチェックインカウンターに延々と長蛇の列をつくって待たされ続ける事です。さらに目的地に到着するまで預けた荷物の無事を心配させられるとなると旅の楽しみなどは消え失せてしまいます。私も過去に一度だけ空港で荷物のトラブルに遭った事があります。仕事でヨハネスブルグからヒースローで乗り継いでストックホルムまで移動した時の事ですが、空港のターンテーブルに何時まで待ってもスーツケースが現れずパニックになりました。
翌日に現地の会社訪問を控えていたのですが、身に着けて行くものが手元に無く困り果ててしまいました。幸夜遅くになって荷物がホテルに届けられた時には本当にホッとしたのを覚えています。今回の騒ぎでは行方不明の荷物がなんと2万個も出たそうですが、巻き込まれた大勢の旅客(特に旅慣れていない)の心境をを思うと他人事とは思えません。
実は9月には延期していた英国旅行に出発すべく宿の予約など準備を始めていたのですが、今回のテロ騒ぎにより来年以降に延期する事にしました。どうも今年は海外旅行は少々ケチがついてしまった感じです。

<格安ゴルフツアー>
持病の腰痛もどうやらおさまったので、昨年末よりゴルフを徐々に再開しています。
先月末には長男と初めて一緒にコースに出たのですが、今週は弟の誘いで一泊二日の格安ゴルフツアーに行って来ました。彼は昨年春にリタイアして以降、フルに人生を謳歌しており血色も会う度に良くなっています。今回は彼の銀行時代の親友も一緒でした。
弟が見つけてきたツアーは一日5組限定ですが、一泊二日2プレーで交通費,宿泊費(二食付)など全て込みで23000円弱と云う驚くほどの格安ツアーでした。 初日朝東京駅を7時半に専用バスで出発、福島県いわき市のゴルフ場へは3時間ほどで到着します。
プレー後は付属の宿泊施設に泊まり、翌朝再度プレーの後バスに乗り込み夕刻7時過ぎに東京駅まで帰ってくると云う内容です。
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写真:クレストヒルズゴルフ倶楽部(福島県いわき市)
ゴルフ場も宿泊施設も思いのほか立派で従業員の対応も良く、食事も十分満足できて、どうしてこんなに安いのかと申し訳なく思うほどでした。
初日の前半は炎天下のラウンドでしたが、後半の途中から雷が聞こえ始め土砂降りの夕立に見舞われてしまいました。一応最後まで回りましたが濡れ鼠になりました。
翌日も朝気持ちよくスタートしたのですが、途中また急に雨が降り始めだんだん激しくなってきましたので、同伴者の了解を貰い自分だけハーフで切り上げゆっくり風呂に入りくつろぐ事にしました。現役時代ならこの様な勝手は許されませんが・・・。
確率から云うと私のゴルフのお天気運は物凄く悪く、雨や雪に遭う確率は多分50%を超えていると思います。現役時代、他人(虫の好かぬ上司や同僚)がゴルフで雨に遭うのを心から喜んだ報いだろうと思います。
そんなわけでゴルフに関しては少々不完全燃焼の旅となりましたが、久しぶりにのどかな田舎の空気を吸い、この夏最後の良い思い出となりました。
これから団塊の世代のリタイアが始まりますが、類似の格安ゴルフツアーが次々に売り出されるものと大いに期待しているところです。明日からいよいよ9月、そろそろ我々の出番が来たと思っています。
おわり

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奥日光・戦場ヶ原ウオーキング

日吉通信(H18年5月31日)
また蒸し暑い季節が巡ってきましたが皆さん如何お過ごしでしょうか?
ゴールデンウイークもアッと云う間に過ぎ去りましたが、こちらはもっぱら家で静かにしておりました。
連休がすんで久しぶりに小田急線生田にある母校のキャンパスに出向きました。
大学時代のゼミの会が現在も続いているのですが、今年は私の卒業年度が当番幹事にあたるため、月末に開催される総会の段取りを打合せるため友人と訪れたものです。
研究室には同じゼミ出身の後任教授がおられ、会全般の世話をしてくれていますがここで具体的な準備打合せを行いました。日曜日だったせいで構内は学生の数はまばらでしたが、しばし若かりし時代に戻り楽しいひと時を過ごしました。
<片品村への一泊旅行>
先々週、かって尾瀬ハイクのベース基地にした群馬県片品村のペンション“てんとう虫”を久しぶりに訪ねるべく大学時代の友人夫婦と一泊ドライブ旅行に出かけました。
一日目は早朝に我家を出発、東北道から足利市に入り伊万里焼コレクションで有名な栗田美術館を訪ねました。想像を超えた広大な敷地と展示物のスケールには驚かされました。こんな片田舎にこの様に立派な私立の美術館がある事に、大げさですが日本の国力を感じました。圧巻は14億円と云われる重要文化財の伊万里の小皿でしたが、誰がどんな根拠で値段をつけたのか聞いてみたい気がしました。
その後片品村への道中、これも有名な富広美術館に立ち寄りました。ここは家内が以前から憧れていた美術館で、当地“東村”出身の星野富広さんの作品を見に大勢の人たちが訪れていました。
家内は氏の人間性豊かな暖かい作品が、こんな奥深い山里の自然から育まれたものである事を知り、痛く感動しておりました。
ペンションには夕方6時頃に着いたのですが、2年ぶりに訪れた我々をオーナー夫妻は覚えてくれており、夕食後翌日のウオーキングコースについて親身に相談に乗ってくれました。ペンションには我々夫婦二組のほか、付属のコートでテニスを楽しみに来たグループ数人が宿泊していました。
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写真:ペンション村の小径(群馬県片品村)
翌朝は6時すぎより朝食時間までペンション周辺を散策しました。海抜1000メートルを越える高原のため季節は平地に比べて一ヶ月以上遅れている感じで、白樺やぶなが芽を吹き始めこれからいよいよ新緑の季節を迎えると云った状態でした。
2日目のウオーキングは、出来れば尾瀬をちょっと覗いてみたかったのですが、オーナーの話では今年は尾瀬はまだ雪が残っており危険との事でしたので諦め、薦められた奥日光・戦場ヶ原のウオーキングを楽しむ事にしました。湯の湖にある湯滝から渓流沿いに戦場ヶ原へ出て赤沼茶屋に至る木道を3時間弱歩く平坦なコースです。
目的地の駐車場に私の車を置いてから出発地点まで戻る必要があったため、オーナーがわざわざ車を出してくれ一時間半もかけて奥日光まで送ってくれたのには恐縮してしまいました(それも全くのサービスで・・・)。
コースはこの時期まだ木々の枝が芽吹く前なので、若葉が茂ってからでは見通す事の出来ない遠く男体山や白く残雪が光る奥日光の山々を眺めることが出来ました。素晴らしいお天気のもとやわらかな黄緑色のカラ松の林を遠くに望み、秋とはまた趣の異なった戦場ヶ原を気持ちよい汗をかきながらウオーキングしました。
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写真:戦場ヶ原
普通この様な小旅行は夫婦二人で出かける事が多いのですが、この度のように気心の知れた友人夫婦との旅も会話が弾んで楽しいものだと感じた次第です。
<名古屋への旅>
先の土日には家内方の甥の結婚式に出席するため、久しぶりに新幹線に乗り夫婦で名古屋まで出かけてきました。名古屋は現役時代から全く縁がなく、キシメン,金の鯱,トヨタ自動車くらいしかイメージとして浮かんできません。胴回りのキツくなった礼服を着ての結婚式・披露宴は少々疲れましたが、将来の花婿の父としての役割を勉強させてもらう良い機会となりました。
聞いてはおりましたが名古屋の結婚式や披露宴は実に盛大で、親も本当に大変だろうなと思いました。
会場には各地から親族たちがやって来ており、当夜は同じホテルに泊まって久しぶりに話に花を咲かせました。
翌日は徳川美術館や名古屋城などを見学し夕刻帰途につきました。
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写真:名古屋城
今日は父の92歳の誕生日を祝うため両親と4人で箱根の富士屋ホテルまで食事に出かけました。
築100年を越す古めかしい立派な建物の奥座敷からゆっくりと庭園を眺めながら一緒に和食を楽しみました。
この歳まで両親が健在でいてくれる事は本当に幸せだと思った次第です。
おわり

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友あり遠方より来る

日吉通信(H18年3月30日)
うららかな桜の季節がまた巡ってきましたが、皆さん如何お過ごしでしょうか?
美しい桜の花を愛でる時、誰もが愛する故郷日本の事を想うのではないでしょうか?
WBCでの日本チームの活躍は見事でしたね。メキシコ,韓国,キューバ、いずれも実況で観戦しましたが、私は野球がこれ程エキサイテイングなスポーツである事を初めて知りました。サッカー同様、日の丸を背負って戦うからこそ応援する方も必死になれるのだと思います。韓国戦における福留のホームランは、まさに溜飲のさがる痛快な一打でした。
今月はじめには一足早い春を求めて、南房総までドライブしてきました。真っ青な太平洋を背景に広大なお花畑には菜の花やポピーなど美しい花々が一面に咲き乱れ、心が華やかになる気持でした。
南アフリカ・ケープタウンの東側海岸沿いはガーデンルートと呼ばれ世界で最も美しい地域と云われています。南ア滞在時に家内とここを訪れる予定にしていたのですが果たせず帰国してしまいましたが、この時期の南房総は多分これに匹敵する美しさではないかと思いました。
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写真:南房総フラワーライン

<弟の街を訪問>
私の町田に住む実弟は現役時代は長年都市銀行に勤めており、その後数年間は医療機器メーカーの役員として働き昨年春にリタイアしました。
退職前は激務のためか体調も芳しくないようでしたが、リタイア後は長年温めていた四国・遍路の旅を数回に分けて実行中で、その合間には数頭いる犬の世話,ゴルフ,ウオーキング,和歌,映画など手当たり次第に余暇活動をひろげ、最近では近所の仲間と一緒に絵を習い始めました。今では見違えるように血色も良くなり、第二の青春を謳歌している様です。
先日、弟より町田の美術館に自分の絵が出展されたので見に来ないかと案内を貰いました。こちらも興味半分で家内と足を運んだのですが、彼は大変喜び夫婦で駅まで迎えに来てくれました。町田の美術館は広い公園の中にある大きな施設で、昔税金の無駄遣いの典型例としてテレビで紹介された程の立派な建物でした。
弟は若い頃から町田に住んでいるため、地域の顔見知りが多く現在はリタイア仲間として交流の輪がどんどん広がっているようです。
また銀行時代の親しい友人も近くに多く、一緒に良くゴルフや旅行に出かけている様子で、実に羨ましく見えます。弟も私のことを気にかけてくれているようで、度々ゴルフに誘ってくれます。来月始めにも彼の仲間と一緒にゴルフに出かける約束をしています。

<友あり遠方より来る>
最近我家へ遠方より相次ぐお客様の訪問を受け家内ともどもエキサイトしました。
最初に訪れてくれたのは高校時代の親友で、大学時代も西荻窪にあった我が家に良く遊びに来ていたS君です。彼の家は北九州小倉で大きなメガネ店を経営しており、大学卒業後10年近く米国に留学していた経歴をもっています。結婚が遅かったため末の娘さんが今春大学を卒業するのを機にリタイアする事にしたそうで、今回は奥さんと卒業式参列のため上京したものです。
奥さんとは初対面でしたが、かってJALの国際線スチュワデスだったとは思えぬ気さくな人ですっかり打ちとけて4人で話に花を咲かせました。学生時代の思い出、子育ての事、近況などなど話題は尽きませんでした。
お互い離れていた事もあり、現役時代は年賀状の交換程度でほとんど交流がありませんでしたが、これからは昔に戻って親しく付き合いを続けて行きたいと思っています。
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写真:ライトアップしたご近所のしだれ桜
また昨日呉からお迎えしたお客は、会社時代古くから親しくしていたF氏で、同じ圧延部で作業長をされていた方です。年齢はちょっと上ですが、その行動力とリーダーシップにはいつも感服しておりました。退職後も現在まで関連の小さな会社で総務部長として勤務されています。
事務所が近かった事もあり、頻繁にデスクを抜け出してはお茶を飲みながらもろもろの話をするのが楽しみでした。氏も息子さん二人が東京地区に勤務している事もあり、様子を見に奥さんと上京されたものです。
我家の回りは“桜ヶ丘”と呼ばれ桜の名所となっていますが、丁度桜の花も七部咲きでしたのでしばし団地内を案内したりしました。
この度は相次いで遠路はるばる旧友がそれも奥さん同伴で我家を訪ねてくれましたが、日吉はどうも地理的に辺鄙なところと映る様で、これまでお誘いしても敬遠される方が大半でした。確かに東京からだと我家まで1時間半近くかかりますが、新横浜駅下車だと30分ほどで来て戴くことが出来ます。どうぞ皆さんお気軽に立ち寄られますようお待ちしています。
おわり

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お気に入りの日帰り温泉

日吉通信(H18年2月26日)
数年来の大寒波もようやく去り、春の訪れも目前ですが皆さん如何お過ごしでしょうか?
こちら先月末から中国・広州へ派遣されている次男が春節休暇を利用し一時帰国しておりました。現地(ベトナムに近い)とは違い大変な寒さに震えあがっていたようです。
月後半になると寒さも緩んだので、両親を鶴岡八幡宮まで遅めの初詣に連れて行きました。鎌倉へは昨年から3ヶ月連続で出かけており、すこし鎌倉通になった気分です。
トリノ冬季オリンピックの日本の成績は全くブザマでしたね。国の面子丸つぶれと思います。唯一、荒川の金は見事でした。メジャーな女子フィギュアの金はその他の競技5個分の価値はあると思います。欧米のスター選手を凌ぐ優雅な彼女の姿はオーラさえ感じられるほどでした。
port_yokohama
写真:寒風の横浜港(2月はじめ)
<韓国武装スリ団の捕物に遭遇>
先日仕事で京橋の三井住友銀行まで出かけたのですが、何かいつもとは違う騒然とした雰囲気があたりに漂っておりました。近づいて見ると10台あるATMコーナーの中で血だらけの男3人が手錠をかけられ床面に押さえつけられていました。
現役時代ならすぐにその場を立ち去るところですが、今はリタイアの身・・・じっくりと最前列に陣取って見物させてもらいました。その時は状況が分かりませんでしたが翌日の新聞で、通行中の女性からキャッシュカードを抜き取った韓国人武装スリ団を尾行していた刑事たちが、銀行のATMで彼らが現金を引き出す現場を狙い格闘の末一斉に逮捕した直後だった様です。
犯人達はそれと一目でわかる悪そうな目つきの連中で、もう5分早く銀行に入っていたら私も事件に巻き込まれたところでした。彼らは刺身包丁や催涙スプレイなどで武装し、集団で行動する危険極まりない連中としてよく知られています。野次馬整理のお巡りさんに追い払われてその場を離れましたが、生れて初めてこの様な凄惨な捕物に遭遇しました。あの物騒な南アフリカで生活していた時でさえこんな場面に出くわす事は無かったのに、お江戸のど真ん中でこの様なシーンを見るなんて日本も本当に危険な国になったものです。当然ですがテレビドラマとは違い、現場の刑事さんたちは一見風采のあがらない普通のオッサンやアンちゃんたちに見えましたが、よく訓練され黙々と仕事をこなす姿は実に頼もしく映りました。これに対し銀行関係者のお客に対する対応は混乱しており、緊急時の訓練の欠如を露呈していました。
<日帰り温泉>
呉に住んでいた頃は沢山のお気に入りの日帰り温泉があり、月に二回はその時の気分に応じてあちこちへ出かけておりました。やはりゆったりと大きな露天風呂につかっている時は最高に幸せな気分になります。
当地に来てからは我家から車で30分程の青葉区にあるスーパー銭湯によく出かけています。ここは最新の設備が整った大規模な施設で、土日は午前中からいつも超満員ですが、ウイークデーの空いた時を狙って行けばゆったり贅沢な気分を味わう事が出来ます。
郊外へ出ると沢山の立ち寄り湯があるようですが、ラッシュの都心を抜けるのには2時間は覚悟せねばならぬため遠出する気持ちも失せてしまいます。先日も相模湖近くにある源泉かけ流しが売りの藤野町営温泉へ出かけてみました。久しぶりにまだ雪の残る山中の鄙びた温泉に入り満足しましたが、町田,相模原市街を抜けるのに往復とも3時間以上もかかったのには参ってしまいました。
最近、偶然にも都会の真ん中に素晴らしい穴場の温泉を見つけ、これにハマッています。
場所は川崎市幸区の繁華街にある天然温泉「志楽の湯」で、広い半導体工場の跡地に建てられたものです。あの黒川温泉を全国区にしたカリスマが監修した施設で、平屋建てに拘るなど空間が贅沢に確保してあります。前述のスーパー銭湯とは好対照で、金を生まない庭や休憩所などのスペースがゆったりとってあり、訪問者に都会の喧騒を忘れ安らぎを与える心憎い設計になっています。値段は若干高めの設定ですが、幼児の入場を断わるなど静かさには配慮がされており、ぼんやりと露天風呂に入っていると山里の温泉につかっているような錯覚にとらわれるほどです。ここをたまたま知ったのは今年に入ってからですが、大いに気に入りすでに何度も通っています。これからも頻繁に訪れるつもりですが、ここは商売よりも趣味を重視した経営のようなので、近い将来行き詰まるのではないかとちょっと心配です。
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写真:大倉山の梅林(2月終り)
昨日近くの大倉山の梅園まで家内と出かけてみました。梅はまだ一部しか開花していませんでしたが、普段は静かな公園が大勢の人たちでごった返しておりました。
3月はじめには一足早い春を求めて、南房総まで一泊ドライブ旅行の計画を立てています。
おわり

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のんびり過ごしたお正月

日吉通信(H18年1月25日)
皆さん、今年のお正月は如何でしたか?それにしても近来にない猛寒波には震えあがりましたね。ただ関東地方は寒いだけで全く降雪が無くちょっと寂しい(不謹慎?)思いをしておりましたが、先週末の大雪には驚きました。
我が家の三が日は夫婦二人だけの静かなお正月でした。近年では届いた年賀状にゆっくりと目を通すのが楽しみになりました。大半の方々は既にリタイアされ、それぞれ悠々自適の毎日を送っておられる様子を賀状から偲ぶのは楽しいものですね。皆さん末永く健康で平穏な毎日を送って欲しいと心から願う心境になります。
日吉駅前の慶応大学銀杏並木も今ではすっかり葉が落ちて、写真の様に何だか寒々とした風景です。来月からいよいよ入学試験が始まりますが、受験生諸君にも早く青々とした美しい並木道を見せてやりたいものです。
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写真:冬の銀杏並木(慶応大学日吉キャンパス)
<鎌倉ウオーキング>
15日には金沢文庫に住む大学時代の友人夫婦と鎌倉ウオーキングを楽しみました。
日曜日だった事もあり、駅前や鶴岡八幡宮周辺はお祭のような物凄い人出でした。
我々が訪れたコースは市街南東部のマイナーなコースで、嘘のように人もまばらで静かな古都の風情を楽しむことが出来ました。
光明寺,安国論寺,妙法寺,安養院など寺社10ヶ所ほどを回りましたが、友人の奥さんが鎌倉に大変詳しく、それぞれの由来を説明してもらいながらゆっくり3時間ほどの散策を楽しみました。
それにしても鎌倉の本当の良さを知るためには、歴史の勉強をもう一度やり直さねばならないと痛感した次第です。特に印象に残ったのは妙法寺の境内の風景で、花や紅葉の季節に再び訪ねてみたいと思いました。
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写真:妙法寺境内(鎌倉)
その後電車で石川町(元町・中華街)まで出て、豆腐会席を囲みながらゆっくり会話を楽しみました。現役時代はお互い離れていた事もあり、この様な付き合いは出来ませんでしたが、何となく似たところのある夫婦同士で波長が合いリラックスした楽しい時間を持つ事が出来ました。
<映画「3丁目の夕日」ほか>
正月2日は皇居まで一般参賀に出かけるつもりでおりましたが、生憎の冷たい雨に見舞われたため、予定を変更して家内とみなとみらいのシネコンへ話題の映画「3丁目の夕日」を見に行きました。
ご覧になった方も多いと思いますが、昭和30年代の東京下町が舞台で、昔懐かしい生活風景や出来事が次々に出てきます。丁度私が高校生だった頃で当時の記憶が鮮明に蘇り、これまでの映画とは違う感動を味わいました。
映画の言わんとするところは“当時は現在とは違い貧しくとも確かな未来と人情味溢れる世界がそこにあった”と云う事だと思います。たしかに当時の日本は戦後の混乱を脱して、高度成長に乗る高揚した時代だったように思います。ただ思うに、当時が“貧しくとも心豊かな時代”であったのではなく、人々が“心の豊かさを捨て経済至上へ舵を切った時代”であったのではないでしょうか? 
今月はもう一つ英国映画「プライドと偏見」も見に行きました。今年のアカデミー賞候補と言われているだけに、実に素晴らしい作品だったと思います。
私はどんよりとした英国の街や田園風景が好きですが、この映画は18世紀末の田舎町が舞台でその雰囲気に陶酔してしまいました。英国の女流作家ジェーン・オースチンの名作“Pride and Prejudice”を映画化したもので、たしか本は「高慢と偏見」と訳されていたと思います。かって受験英語でその原文の一部に触れ将来読んでみたいと思った記憶がありますが、四十数年後にこれを映画として鑑賞出来た事に何か時の流れの不思議さを感じた次第です。
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写真:春節前の横浜中華街
この金曜日には、もとの会社の海外事業関係OBの新年会が銀座で開かれる予定で、私も声をかけて貰っています。また月末からは次男が春節休暇を利用して中国・広州から帰ってきます。一週間ほどの滞在ですが家内とサービスしてやろうと心待ちにしているところです。
おわり

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日吉で迎える四度目の師走

日吉通信(H17年12月25日)
いよいよ師走も大詰めですが、皆さんにとって今年はどんな年だったでしょうか?
毎年我家では年末になるとその年の10大ニュースを選ぶのを行事にしています。
これは20年以上も前から続けており、今では家庭の貴重な記録になっています。
今年はスイスや中国への海外旅行,国内各地の小旅行、半世紀ぶりの小学校同窓会(家内は高校卒業40周年同窓会)またマイカー買換えなどが挙がりました。
いずれも平凡なものばかりですが、シニアライフとしては平穏で何よりの一年であったと思っています。
<今年の師走>
地球温暖化の影響で最近では紅葉の時期が12月にずれ込んでしまいましたね。
今年は出来れば京都か平泉へ遠出したかったのですが、スケジュールが立たず結局昨年に続いて鎌倉へ出かけました。浄妙寺や長谷寺などを訪ねましたが、どこも燃えるように赤いモミジや鮮やかな黄金色のイチョウなど晩秋の古都を満喫する事が出来ました。鎌倉は我が家から車で一時間程度なのでこれからも折にふれて訪ねてみるつもりです。
KAMAKURA
写真:晩秋の鎌倉
先週は山下公園そばの県民ホールまで家内と横響の「第九」を聴きに行きました。
当地に来て3度目になります。横響の第九の定期演奏会は昭和25年から続いており、今年で56回になるそうです。中でも500人の市民による“合唱”は圧巻で、昨年以上に感動しました。年の締めくくりとしてこれからもずっと聴き続けたいと思っています。
また話題の映画「男たちの大和」もみなとみらいのシネコンへ見に行ってきました。
長年呉で生活していましたので、戦艦大和には特別の親しみを持っています。
また終戦直前に現在の慶応大学日吉キャンパス内に設置されていた連合艦隊司令部から、沖縄への出撃命令が出された事を最近になって知り、さらに“大和”を身近に感じた次第です。
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写真:横響「第九」定期演奏会
<古き良き時代>
リタイアして当地に移り住み4度目の年末を迎えています。
パラリーガルの仕事も継続中で、京橋の長男の法律事務所まで週4日通っています。通勤も含め毎日が適度に刺激と緊張感があり健康維持にも役立っています。また僅かですが定期的にポケットマネーが入ってくる事も長続きしている理由かも知れません。
現在の仕事(と云っても初歩の初歩ですが・・・)は現役時代の鉄屋の仕事とは全く異質で、様々な人達の生き様を垣間見るチャンスが多くあります。
これまで私が生きてきた世界が如何に狭く特殊で均質的なものであったかを痛感しています。言い換えれば鉄鋼業,大企業の中での毎日がどんなに恵まれたものであったかと云う事です。我々の現役時代はつくづく古き良き時代の中にあったなと思います。
最近“昭和”が見直されているようですが、当時は色々な意味で人間関係が濃密であった様に思います。現在のあまりに殺伐とした世界に、多くの心ある人たちが耐え切れなくなった結果ではないでしょうか。この風潮を単なるノスタルジーに終わらせず、来年は確かな新しい動きの始まる年になって欲しいと願っています。
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写真:我家のクリスマス風景
この冬の寒波は近年になく強烈ですね。風邪などひかれぬようお気をつけ下さい。
みなさん今年もお世話になりました。どうぞ良いお年をお迎え下さい。
おわり

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末広亭に行ってきました

日吉通信(H17年11月27日)
早いもので師走も目前に迫り、世の中だんだんと慌しくなってきましたね。
皆さんその後お変わりありませんでしょうか? 当方、今月はじめに町田に住む弟に誘われて相模湖近くまで3年ぶりのゴルフに行ってきました。はじめ腰痛の再発を心配し恐る恐るでしたが、だんだんと調子が出て思わぬ好スコアで回る事が出来ました。紅葉のなか時おり落ち葉吹雪の舞うフェアウエイをのんびり歩き実に爽快な気分になりました。
紅葉や黄葉もようやく我々の生活圏にまで降りてきて、今どこも晩秋の雰囲気ですね。日吉駅前の慶応大学日吉キャンパスの銀杏並木もようやく黄色に色づきました。先週テレビで黒田さん夫妻が新宿御苑を散歩された様子が報じられていましたが、我々もその直前に出かけておりました。“狂乱の巷”と化した新宿駅周辺のすぐ隣にこの様に広大で静かな美しい庭園があること自体本当に不思議な気がします。今週は昨年に続き鎌倉を訪れてゆっくり散策を楽しむ予定です。
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写真:新宿御苑

<末広亭>
今月はじめ港北ニュータウンのシネコンへ家内と映画「春の雪」を見に行き、三島由紀夫の世界を堪能してきました。映画は気軽に行けるので良く出かけますが、先日新宿の末広亭まで初めて寄席を見に行ってきました。実は妹からチケットを貰ったからなのですが、昔風の小さな古めかしい末広亭は土曜日だった事もあり満席でした。我々は両サイドにある桟敷席でお弁当を食べながら楽しみました。昨年後楽園へ「笑点」の公開録画を見に行った時とは雰囲気が大違いで、舞台と客席の一体感には独特のものを感じました。
やはりお金を払って楽しみに来るお客さんこそ、日本の伝統文化を守り芸人を育てる本当のサポーターなのでしょう。時間を忘れ3時間以上聴き入っていると足の痺れも限界に達し退場しましたが、久しぶりに貴重な体験をした様に思います。
実際こちらに越してきてもまだ大相撲や歌舞伎など行っていない事に気付きました。日本に生れたからには日本の伝統文化の良さをもう少し体感する努力をしなければならないと思った次第です。
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写真:末広亭

<二世代隣居>
我家は3年前に両親宅の庭に建てたちっぽけな家で、家内と二人で住んでいます。
ここは大昔に分譲された団地なので敷地が広く、近所には二世帯住宅に建て替えたお宅や、再分譲して以前の土地に今風の住宅が3軒建ったところなどあちこちで目にします。我が家のケースはさしずめ“二世代隣居”と云ったところと思います。
私は長男なので昔から退職後はここへ移り住むつもりでおりましたが、もしそうでなければ長年住み慣れた愛着のある呉に住み続けていたと思います。両親は高齢(91歳と85歳)で足腰の衰えは隠せませんが、大変元気でいつまでも好奇心を失わず隣で普通に生活しています。父は今でも現役時代のくせが抜けず二階の書斎に半日はこもり机に向かっています。母も家事の合間を見つけてはパソコンに向かいインターネットやEメイルなど楽しんでいるようです。
家内は隣に毎日顔を出し気をつけてくれていますが、時には一緒に外出する事もあります。その一つは近くのホテルや料理店などへ食事に行く事ですが、最近はだんだんとエスカレートして近郊へ遠出するようになりました。今月は箱根の仙石原までドライブしたのですが、食事をしたホテルでは高齢の父が我々と同じ様にステーキを平らげるのを見てウエイターが驚いておりました。
両親宅には毎週末に孫(長男)が顔を見せたり、二人の娘(妹)たちが度々訪ねて来るなど賑やかで実に幸せな夫婦だと思います。反面、我々の将来を考えた時、正直一抹の不安がよぎります。
どうか二人の息子たちに早くお嫁さんが来て欲しいものです。独り者の息子との二世代隣居など想像したくもありませんので・・・。
おわり

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谷川岳の秋

日吉通信(H17年10月29日)
秋もようやく深まりましたが、皆さんその後いかがお過ごしでしょうか?
先日、家内は高校卒業40周年の同窓会が東京で開催され、泊り込みで参加してきました。
通常は母校所在地の呉市で行われるのですが、今回は卒業生が多く住んでいる東京開催となったそうで、家内も幹事の兵隊として夏前から頻繁に打合せに呼び出されておりました。当日は遠方にもかかわらず60名を越える参加者があり大いに盛り上がったそうで、旧友との再会の感激を興奮気味に話しておりました。
私も今春小学校の同窓会に出席するため北九州まで出かけましたが、現在日本中で同窓会が花盛りの様ですね。これから団塊の世代がリタイアするに伴い益々盛んになって行く事と思います。前向きでないとか、非生産的などと陰口をたたく人も居るようですが、多くの仲間たちと一緒に昔を懐かしむ事の出来る平和の国、日本に感謝をしたいと思います。

<谷川岳の秋>
昨年の10月は北海道知床の秋景色を満喫しましたが、今週は群馬県奥の谷川岳まで一泊旅行をしてきました。
我が家から関越道を走って土合口駅のロープウエイ乗り場まで3時間強で行く事が出来ます。
今年、谷川岳のロープウエイは新型のものにリプレースされ、定員22名(着座)の大型ゴンドラが約10分で天神平まで一気に運んでくれます。そこからもリフトでさらに高所にある天神峠展望台まで誰でも気軽に行く事が出来ます。我々が出かけた日は水曜日でしたが、乗り場はどこも長蛇の列でシニアの人たちがいやに沢山目につきました。我々も同類ですが、一生懸命働いて年金を払ってくれている現役世代の人たちにちょっと申し分けない気持ちになった次第です。
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写真:谷川岳ロープウエイ
下界とは違いかなり肌寒く感じましたが、素晴らしいお天気で久しぶりに山の空気を満喫する事が出来ました。下山後、さらに奥にある“一の倉沢”まで狭い山道を車で足を延ばしましたが、ここはまさに秋の色たけなわで先月のスイス・アイガー北壁の美しさにもひけを取らぬ迫力でした。
宿は水上温泉郷のはずれにあるペンションで、広いイングリッシュガーデンや離れ露天風呂(家族用)がある清潔で気持ちの良いところでした。宿泊者はウイークデイのせいか、中年の3人連れの男女,若い女性の二人連れ,それに我々の3組だけでゆっくり静かに過ごせました。
二日目は奥利根山中を走り片品村,金精峠経由で日光まで3時間のドライブを楽しみました。沿道には有名な紅葉の名所(照葉峡)があり、燃えるように色づいた赤や黄色の木々が渓流沿いに延々と続き、広島の三段峡や帝釈峡にも負けないスケールでした。
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写真:照葉峡の紅葉
日光ではあまりゆっくりする時間はありませんでしたが、晴天のもと戦場ヶ原のカラマツ林の黄葉や展望台から眺めた中禅寺湖の秋景色は3年前に訪れた時と全く変わらぬ美しさでした。

<車箪笥>
妹夫婦がアンテイークに凝っている話はかって紹介したことがありますが、我々も感化を受けたわけでもないのですが、前々から何か一点だけ欲しいなと思っておりました。
ただ狭い家なのでサイズが限られるうえ本物の骨董にはとても手が出ないため、アンテイーク調の家具を物色することとしました。家具屋やデパートに出かける時はいつもポケットに巻尺をしのばせて回っていたのですが、一年以上捜してもどうしても適当なものを見つける事が出来ませんでした。
この夏、玉川の高島屋に出かけた時に偶然ピッタリサイズの車箪笥を見つけ、これだ!とついつい衝動買いをしてしまいました。注文してから製作に入るため入荷までに2ヶ月かかりましたが、先日写真のような車箪笥が届き悦にいっています。
KURUMA-TANSU
今は骨董ではありませんが、もう2世代も経てば立派な骨董になり孫が喜ぶ事と思います。そのためにも息子どもが早く結婚してくれる事が前提なのですが・・・。結局この念願は来年へ持ち越しとなりそうです。
おわり

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箱根での台風の一夜

日吉通信(H17年8月27日)
厳しい残暑が続いておりますが、皆さんお変わりありませんでしょうか?
当方この8月は特別な事も無く静かにしております。仕事の方も夏休みなど無く、お盆休みも静かな都心の事務所に通っておりました。
エアコンの効いた我家の居間で、テレビに映る空港の混雑や各地の高速道路の渋滞状況をのんびり眺めるのも良い?ものですね。
今月は初旬に地元町内会主催のバス旅行に参加して上高地まで行ってきました。上高地は我々にとって初めてでしたが、高原の冷気を十分に楽しむことが出来ました。現地の様子がある程度わかりましたので次回は個人で是非訪れてみたいと思っています。
不謹慎かも知れませんが、この度の解散・総選挙騒ぎは面白いですね。連日面白可笑しく取り上げるテレビのワイドショウをよく見ています。この暑い中、候補者本人にとっては生きるか死ぬかの一大事なのでしょうが・・・。特に長年住んでいた広島県の動向は大変気になります。保守的な県民意識が少しでも変わるきっかけになって欲しいものです。
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写真:穂高連山(上高地にて)

<箱根での台風の一夜>
一昨夜台風11号襲来の際、箱根のホテルで一夜を過ごしてきました。
実はこの4月に車を乗り換えた際、“オマケ”としてホンダ販売店より箱根ホテルの宿泊券をプレゼントされました。夏休みのピーク時を避けたお盆の後に予約したら、丁度台風とカチあってしまったわけです。出発当日は朝から天候がおかしく、家内はキャンセルしようと主張したのですが、せっかくの宿泊券を無駄にするのはもったいないと無理やり出発しました。途中東名高速を走行中、ハイスピードワイパーでも前方が確認できぬほどの豪雨に見舞われ一抹の不安を抱きながら仙石原にあるホテルに向かいました。プリンスホテル系の立派なリゾートホテルで、付属のゴルフ場は先日宮里藍が優勝した大箱根カントリークラブです。
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写真:台風来襲前のゴルフ場(箱根ホテルのバルコニーより)
せっかくの箱根ですがお天気が悪いため出かける事も出来ず、早々にチェックインして部屋のテレビで台風情報を見るハメになってしまいました。
暇にまかせて大浴場の温泉につかりゆっくりと窓外の嵐の様子を眺めるのも、これまた一興でした。夜になると風雨はますます激しくなり、ガラス窓に叩きつける豪雨はこれまで経験の無いものでした。気象庁によると、当夜箱根町に降った雨量は600ミリに迫る記録的なもので、被害を受けた国内各地の中でもワーストだったそうです。
こんな日を選んで箱根まで泊まりに行く物好きも居たものですが、実害が無かったのだけは幸いでした。翌朝は台風一過、素晴らしいお天気に恵まれ、山々やゴルフ場のグリーンが実に鮮やかに見えました。
ただあちこちの道路が昨夜の豪雨の影響でクローズされているとの情報が入ったので、遠出はせず近くの美術館巡りを楽しみました。特に前々から是非訪れてみたかった「ポーラ美術館」は予想以上のスケールと内容で満足しました。
この度の一泊旅行は台風の影響でとんだハプニングとなりましたが“オマケ”なので腹も立ちませんし、いつもはビジネスホテルやペンション専門なのでたまの豪華なホテルも良いものだと満足しています。
おわり

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我家近くの散歩道

日吉通信(H17年7月27日)
23日午後の地震には驚きました。家内と車で横浜市南端(鎌倉に隣接)の病院へ身内の見舞いに出かけていた時でしたが、国道沿いの電線や交通標識がワサワサと長時間揺れ続きいつもとは様子が違う事を肌で感じました。東京都内ではJRや私鉄,地下鉄が長時間ストップしたり首都高速が閉鎖になったり大変だった様ですが、我々は幸トラブルにも遭遇せず無事に我が家へ帰ることが出来ました。
家の中は全く異常なく安心しましたが、システムキッチンの食器棚がすべてロックが掛った状態になっておりました。この様な事はこれまでありませんでしたので日吉地区もかなり揺れたもの(震度5弱)と思われます。
数年前呉で安芸灘沖地震を体験しましたが、この時(震度5強)は我が家の冷蔵庫が10cmほど移動しておりました。地震は気をつけようにも気のつけようが無くどうにも困ったものです。さらに都心ではテロの心配もありますが、開き直って運を天に任せて毎日を生活するしか無いと思っています。せめて交通機関の麻痺に備えて足腰だけは鍛えておかねばなりません。
<我が家近くの散歩道>
今回は趣向を変えて、身近にある散歩道を紹介してみたいと思います。自宅は横浜市港北区下田町にあり、横浜市の北端で100m先は川崎市に接しています。ここは昔ながらの住宅地ですが、年々開発が進み今ではマンションも林立し飽和状態を呈しています。我々の様に地方から移り住んだ者にとっては息が詰まりそうに感ずる事もしばしばです。
最近は各所で住宅地内の遊歩道が整備されているようですが、幸なことに当地でも立派な遊歩道があちこちにあり、何かホッとする憩いの場所になっています。
我々が日ごろ良く歩くのが「松の川緑道」と「せせらぎ遊歩道」です。いずれも全長は4km近くあり、ゆったりと四季折々の自然を感じながら散策する事が出来ます。
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「松の川緑道」は自宅近くから日吉駅近くまで延びており、慶応大学の野球やサッカーなどのグラウンドを縫って続いています。ここを歩くと広々とした空間を感ずる事ができまた学生達の元気な声を聞いて心からリフレッシュする事が出来ます。日吉駅まではゆっくり歩いて30分程ですが、駅近くの店で一服した後にさらに大学のキャンバスまで足を延ばす場合もあります。
「せせらぎ遊歩道」は川崎市側にあり、人工のせせらぎ(湧水)が数キロメートル続き、ゆっくりと沿道を散策できるようになっています。きれいに澄んだ流れには魚が泳いでおり、お年寄りだけでなく子連れの夫婦やカップルなどがのんびりと散歩しているのを見るのはいいものです。
これら遊歩道がいつも綺麗に維持されているのには本当に感心してしまいます。いずれも沢山のボランテイア(若い人も含む)が長年頑張っておられるおかげです。
例外も勿論ありますが、マナーの良い人たちが回りに思いのほか多いのには嬉しくなります。乗り物を待つ時、運転時の道の譲りあい、朝のゴミ出しなどにもしばしばそれを感じます。やはり狭い地域に密集して住む人たちの生活の知恵なのでしょうか?
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写真:せせらぎ遊歩道

<電車男>
7月9日の日経に電車内の席取りについて特集記事が出ておりました。私の場合は毎朝9時半過ぎの日吉駅始発東横線経由地下鉄日比谷線で通勤していますので、必ず座って行く事が出来ます。各停なので銀座までは1時間近くかかりますので、座ると座らないでは雲泥の差があります。帰りも6時前までに乗車できれば何とか座れるのですが、日吉まで立ち通しの場合もめずらしくありません。
新聞記事は、如何に降りそうな乗客を見つけ出すか・・・そのノウハウが書いてあり興味深く読みました。ただその殆どは私の経験則と同じものであり、人間誰も同じようなセコい事を考えているのだなと可笑しくなりました。
例えば着飾ったご婦人のグループは六本木で降りる可能性が高いとか、単行本より文庫本を読んでいる人の方が早く降りる可能性が高いなどなどです。ただ実際には例外も多く、“これぞ”と見込んで前に立った人が結局日吉まで下車せず“こん畜生”と思う事もしばしばです。
帰りの満員電車で1時間立ち放しだと体力の限界を感じてしまいます。特に夏場で隣の人の体温を感じる程の混み様ではなお更です(相手も同様でしょう)。
体力で思い出しましたが、先日受診した「健康診断」の結果が送られてきました。例年指摘を受けている“脂肪肝”要注以外はすべてセーフで安心しました。家内から厳重に受けるよう言われていた前立腺ガンの検査も陰性でした。今後も健康診断は定期的に受診しようと思っています。
これから1ヶ月は酷暑が続くと思いますが、皆さん夏バテせぬようくれぐれもご自愛下さい。私もこの7,8月の間は静かにしておくつもりです。
おわり

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裏磐梯に行ってきました

日吉通信(H17年6月29日)
うだるような夏も目前と思わせる今日この頃のお天気ですが、皆さんお変わりありませんでしょうか? 私も最近では半袖シャツ,上着なしの姿で通勤?しています。
先月末には在京同期入社の懇親会が京橋の小料理屋で開かれ7名が集まりました。
今月始めには大学のゼミの会が御茶ノ水で開催され20名ほどが参加しました。また先日にはかっての会社関係(海外事業)の知人と銀座のスペインレストランで食事をしながら昔話に花を咲かせる事もできました。
当地に来て旧交を温めるチャンスが殆ど無いと嘆いていましたが、諦めるよりも積極的に求めて行動する必要性を今つくづく感じています。
<シテイライフ>
当地に来てもうすぐ4年目を迎えますが、ようやく此処での生活にも溶け込んできた感じがしています。今でも呉での生活の方がシニアライフを送るのに適しているとの気持ちは変わりませんが、最近では都会は都会なりの長所もあると思うようになりました。
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写真:横浜山手地区「英国館」の薔薇園
これまでも横浜の“みなとみらい”地区や元町・中華街などは暇な時に散歩がてら良く出かけておりますが、先日は家内に付き合って知る人ぞ知る人気のケーキ屋さんを探しに代官山界隈を探検したり、地域のコンサートに出かけたりもしています。
このコンサートは“大倉山水曜コンサート”と云い20年以上続いているそうで、 毎週50人ほどが集まって生の音楽を気軽に楽しんでいます。
先週、我々が出かけた時は3名の女性クラリネット奏者がクラッシックの小品を2時間ほど楽しませてくれました。この他にも都会には色々な文化施設や催し物が山の様にありますので、積極的にこれらを利用してシテイライフをエンジョイしなければ損だとだんだん思う様になっています。
<裏磐梯ドライブ旅行>
今月末は海外旅行を計画していたのですが、都合により延期する事にしました。この代わりでもないのですが、週間天気予報を見て急に思い立ち裏磐梯方面へ二泊三日のドライブ旅行をしてきました。
呉に住んでいた頃には、福島県など遥か遠くかなたのイメージでしたが、朝日吉の我家を発ち都心を抜け東北道へ入ると4時間足らずで磐梯山や猪苗代湖が見えてきました。
初日は土曜日でしたが人や車の数はそれ程でなく、お天気にも恵まれて猪苗代湖まわりや磐梯吾妻スカイラインなどのドライブを楽しみました。
宿はインターネットで探した裏磐梯のペンションでしたが、シーズン前のためかラッキーにも2泊ともお客は我々だけでした。
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写真:裏磐梯のペンション
若い女性好みの洒落た建物で庭やインテリア,エクステリアなどなかなか洗練されておりました。また貸切の露天風呂施設も併設されており、我々も利用させて貰ったのは言うまでもありません。
食事はフレンチのフルコースで地域の食材も多く使われておりなかなか美味でした。
夜は9時からロビーでピアノの自動演奏があり、ゆっくりと静かな雰囲気を楽しめるようになっています。ただお客が我々だけだったため、こちらの方が気を使ってしまいましたが・・・。
ペンションの周りは自然がいっぱいで、朝は湖畔を散歩したり夜は近くの小川に蛍を見に行ったりもしました。
2日目は近郊をフルに歩きました。やはり素晴らしかったのは五色沼の散策でした。
入口には立派なビジターセンターがあり、我々はここでガイドを申し込みました。
大半の観光客は時間の制約か入口の沼で記念写真を撮りそのまま帰ってしまう人が殆どで、時間をかけてゆっくり歩く人は多くない様です。
他にはガイドを申し込んだ人がいなかった様で、我々二人に二人のガイド(一人は見習い?)がついてくれ恐縮してしまいました。
五色沼は呉在住時代よりいつかは行ってみたい憧れの土地でしたが、沼ごとに微妙に変化する美しい水の色は実に神秘的で、ニュージーランドの自然に良く似ているなという印象を強く待った次第です。
森の山道は結構起伏に富んでおりトレッキングシューズ持参は正解でした。
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写真:五色沼
その後裏磐梯最大の湖“桧原湖”を遊覧船で周遊したり、ゴンドラで海抜1400mの
デコ平湿原まで足を伸ばしニッコウキスゲやレンゲツツジ等が咲き乱れる木道を歩いたりしました。お天気にも恵まれて久しぶりに気持ちのよい汗をかき大満足の一日となりました。帰りに湖畔にあるホテルの露天風呂で一風呂浴びた後の高原の涼風はまさに最高でした。
3日目は磐梯山ゴールドラインを通って会津若松市に向かい、鶴ケ城を見学したり市内で会津塗りの工房を訪ねたりしました。もっとゆっくりしたかったのですが、昼食後に後ろ髪を引かれる思いで帰途につきました。当地には出来れば秋に再び訪れてみたいと思っています。
おわり

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私のセンチメンタルジャーニー

日吉通信(H17年4月21日)
ここ二ヶ月の間に雪の季節からいつの間にか新緑の季節に移ってしまいました。
心待ちにしていた桜のシーズンもあっという間に去ってしまい、今年は結局どこにも行けずじまいでした。
皆さんその後いかがお過ごしでしょうか? 当方も平凡ながら気ぜわしい毎日を送っております。先月後半には呉から二人の可愛い女の子が我が家に遊びに来てくれました。二人とも家内方の姪の娘で、今春中学を卒業し高校進学前の春休みを利用してやって来たものです。我が家には5日間ほど滞在しましたが、デイズニーシーや横浜港,渋谷など女の子好みのスポットを思いっきり楽しんだ様です。我々夫婦は娘に恵まれませんでしたので、彼女らの会話や行動は実に新鮮に映り、大いに若返り楽しい時を過ごさせて貰いました。
また桜にあわせて今春リタイアした弟夫婦や、大学時代の友達夫婦などが我が家へ相次いでやってきてくれ、庭先で南アフリカ流バーベキューを楽しんだり一緒に近所の桜の名所を散歩したりしました。
先日は港北ニュータウンへ家内とアカデミー賞候補の米映画「アビエイター」を見に行きました。伝説のハワードヒューズの実話に基づく長編ですが、彼が病んでいた神経症は私にもかって思い当たるところがあり、共感を持って鑑賞しました。多分普通の正常な人たちにとってはこの映画の真の理解は困難だと思いました。

<私のセンチメンタルジャーニー>
前々回の日吉通信で小学校の同窓会開催の話を紹介しましたが、先週2泊3日で高校時代まで住んでいた北九州へ一人旅をしてきました。
きっかけは小学校時代ずっと同じクラスだったS君が、1月に突然半世紀ぶりの電話をかけてきて同窓会参加を打診してきた事によるものです。
S君は地元の県立高校を卒業し、ずっと新日鉄八幡に勤めておりました。
彼とはそれ程親しい間柄でもなかったのですが、年賀状だけは現在まで毎年欠かさず交換していました。遠方なので多分死ぬまで年賀状の交換だけが続くのだろうと思っておりましたので突然の電話には本当に驚きました。
我が母校は旧八幡市立高見小学校で、八幡製鉄従業員の子供たちが多く通う名門校でした。
特に私が住んでいた管理職社宅の住人は一種の特権階級で、その師弟は大勢の生徒の中でも目立つ存在であったと思います。
当時の八幡製鉄のステータスは今では想像も出来ないほど高く、課長クラスの管理職でも運転手つきの送迎(部長クラス以上は外車)が行われていた程です。
学年は50名越の教室が6クラスあり、戦後のためか女性教師が大半でした。
所謂よそ者が多かった事もあり、同窓会世話役の連中はその後の消息を辿るのに大変な苦労をしたようです。
会場はスペースワールドの前にあるホテルで、かっては八幡製鉄所の本事務所があったところです。私など遠方からの参加者は皆ここに宿泊しました。私は飛行機で前日に福岡に入り、市内在住の高校時代からの親友夫婦宅を訪ねました。
彼の車で博多~北九州間をあちこち案内してもらいながら夕刻に宿泊先のホテルまで送り届けて貰いました。
翌朝はS君がホテルまで来てくれ、夕方までフルアテンドで懐かしの北九州を車で案内してくれました。昔は西鉄の路面電車が各市を繋いでいたのですが、これが撤去されて以降は市内の様子が様変わりしてしまい以前の記憶が狂ってしまう事が度々でした。
以前と比べてどこも建物や道幅が小さく狭く思えるのは、小学生時代の目線や歩幅が大人の今とは大きく違っていたためでしょう。
昔は八幡製鉄所の公害の影響かどこも灰色にくすんでみえたのですが、今回は街が見違えるように清潔でカラフルになっていたのが印象的でした。
これも高度成長の時代を経て日本が豊かになった証左だと思います。
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写真:母校 高見小学校
当日夕方からホテルで開催された高見小学校の同窓会には60名以上が参加するという予想以上の盛会でした。地元だけでなく関西や関東からの参加者が多いのにも驚きました。
特に我が6年2組の参加者は14名と最多でした。なんと云っても当時担任であった先生が健在で会に出席してくださった事が大きかったと思います。先生は当時30歳そこそこの新婚で綺麗な女性でしたが現在は82歳のお婆さんになっておられました。
ただ驚くほどお元気で、我々の名前だけでなく家庭の事まで実に正確に覚えておられ驚嘆してしまいました。
私も至る所で声をかけられたり、かけたりして席が暖まりませんでした。皆それぞれに歳を重ね白髪の混じった人が殆どでしたが、やはり昔の面影がどこかに残っており、すぐにお互い小学校時代の昔に戻り話が弾みました。一緒に学校の裏山でチャンバラをした連中、物知り博士の本屋の息子、野球部のピッチャーで女の子に人気のあったK君、ピアノが上手で音楽の時間にはいつも伴奏をしていたNさん,空気銃で一緒にネコを撃って遊んだT君、お医者さんの娘で可愛かったMさん、いつもクラスで成績を争った秀才のH君などなど皆昔のままでした。
当夜は二次会三次会まで盛り上がりベッドに入ったのは午前となっていました。
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写真:八幡市街風景(皿倉山頂上より)

先日南アフリカで一緒に仕事をしたドイツの知人へ小学校の同窓会の事を手紙の中で書いたところ、彼らもシニアになると同じ様な集まりが多いとの返事が返ってきました。
彼は私より少し年上ですが、敗戦直後のドイツで小学生時代を過ごしたため2日に1回のパンの給食が何よりの楽しみであった事や、空腹に耐え切れず農家からジャガイモを盗んだ事など思い出が綴ってありました。我々の小学校時代も同じ様なものでしたが、貧しい中にも明るい未来が確信できる活気があった様な気がします。その役割を担っていたのが他でもない当時小学生であった我々自身であったと考えます。
戦後の荒廃した日本から現在の豊かな国になるまで、その中心になって歩んできた我々世代は、本当に幸せな時代を生きたのだと思います。
ただ将来の日本を想うとき、どうしても不安な気持ちになってしまいますが・・・。
おわり

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雪の飛騨高山,白川郷の旅

日吉通信(H17年3月14日)
3月半ばに入っても寒の戻りが繰り返されている様ですが、4月も目前ですので今後一気に春が訪れてくれることでしょう。皆さんもいよいよ行動開始の時期かと思います。
私もしばらく冬篭りをしておりましたが、これからの沢山の計画があり忙しくなりそうです。隣に住む両親も高齢のため冬場の健康を心配しておりましたが、幸無事に乗り切ってくれた様で一安心しているところです。
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写真:大倉山梅園にて

<雪の飛騨高山・白川郷バス旅行>
3月はじめ家内と一泊二日のバス旅行に参加してきました。当初東北の温泉を物色したのですが、最近は行政の指導(健康事故防止)により冬場は露天風呂を閉鎖している旅館が多いため目的地を切り替えたものです。
飛騨高山や白川郷はまだ十分雪景色が楽しめるとの事とオフシーズンのためワンランク上のホテルに泊まれるのが売りのツアーでした。
ラッキーな事に我々の旅行日に合わせる様に寒波が到来し、存分に雪景色を堪能する事が出来ました。途中、高速道は問題ありませんでしたが一般道は路面全体が雪に覆われて我々乗客もヒヤヒヤの走行が続きスリル満点でした。私は昔、大宰府の梅見からの帰りに雪に遭い高速道から締め出され、一般道を下関から呉まで20時間以上かけて帰った経験があり雪の怖さは性根に染みています。このため雪の心配のある時,場所では絶対にハンドルを握らない事を鉄則にしています。
この点バス旅行は気楽なもので車窓からのんびりと雪景色を楽しみながら旅する事が出来ました。
飛騨高山では自由時間が2時間ほどでしたので、駆け足で市内を散策しました。家内は街中の専門店で春慶塗の茶箱を手に入れ悦に入っておりました。
飛騨高山は雰囲気のある落ち着いた街で大変気に入りました。近いうちにまた出直してゆっくり滞在してみたいと思っています。宿泊したホテルは街外れの高台にある大きなリゾートホテルで、支払った参加費から考えると信じられないほど豪華な施設でした(ただ洋室だったのが残念)。
温泉には2回入ったのですが、早朝5時起きして露天風呂にゆったりつかりながら雪の降りしきる夜明け前の飛騨高山市街を眺める事ができ長年の夢を果たした気になりました。
白川郷もさすが世界遺産に指定されているだけに美しく、雪の中に点在する合掌造りの民家は印象的でした。シーズン中の喧騒を考えるとこの時期に訪れて本当に良かったと思いました。
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写真:雪の白川郷

<海外旅行説明会>
私の場合これまで旅したドイツ,ニュージーランドなど海外旅行は個人旅行にこだわってきました。しかし今回のバス旅行の経験から海外もツアーで行っても悪くないのではと考え、大手旅行社主催のヨーロッパ旅行説明会に家内と先日出かけてみました。
会場は有楽町駅近くのビルにあり、北欧,スイス,イタリア・・・など目的地により時間帯が分かれています。
ウイークデーなので100人程度の参加者なのかなと想像していたのですが、会場に着くなり度肝を抜かれてしまいました。なんと会場は2000人を越える人たちで溢れておりました。殆どが年配の人たちで、ご婦人のグループやシルバー夫婦、中に仕事を抜け出してきたと思われるOL達などでいっぱいでした。
今後1000万人を超える団塊の世代がどっとリタイアするわけですが、近い将来日本は一体どうなって行くのだろうと一抹の危惧を抱いてしまった次第です。
個人旅行とは異なりツアーの場合は現地の雰囲気に直接触れる楽しみやスリルが少なくまた自由時間が制約されるなど魅力に欠ける欠点はありますが、短時間に効率的に観光が出来る点や適宜詳しい説明が受けられる点、面倒な手続きや折衝から完全に解放される点、またコスト的にも安価である点など多くのメリットがあると思います。
唯一重要かつ不確定な要素は、道中行動を共にするメンバーがどの様な人たちになるかと云う事だと思います。せっかく楽しみにしていた旅行が、一部の参加者のために台無しになってしまったと言う話は良く聞きます。またこの逆のケースも沢山ある様ですのでツアー旅行は運次第と言うことなのかも知れません。
出来るだけ高価なツアーを選べば客層が良いとアドバイスしてくれる人もおりますが、私は必ずしもこれが正解だとは思っておりません。今年も海外旅行を計画しておりますが、これからどうするか熟慮したいと考えています。
皆さんのご意見も是非参考にさせて戴きたいと思っています。
以上

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平穏なシニアライフ

日吉通信(H17年2月15日)
1月も瞬く間に過ぎ、2月もすでに半ばを迎えておりますが皆さんお変わりありませんか?
久しぶりに厳しい寒波も来ましたが、あと数週間もすれば春の訪れが感じられる様になると思います。こちら先月、中国旅行から帰って以降は特別に変った事もなく家内と平凡な毎日を過ごしています。
いつも「日吉通信」では旅行などレジャー報告が主となっていましたので今回は趣を変えて日々の生活を題材にしてみたいと思います。

<平穏な日々>
今年受け取った年賀状を見るにつけ殆どの友人知人は既にリタイアされ、それぞれに悠々自適の第二の人生を歩んでおられる様子が伺えます。羨ましいのは沢山の仲間に囲まれれ、また長年慣れ親しんできた土地で第二の人生を送っておられる事です。
私の場合はリタイアと同時に当地に越してきて3年目となりますが、やはりこの点は満たされぬものをいつも感じています。最近は中高年の間でもインターネットを介して新しい交友の輪を広げている人たちが大勢おられる様ですが、私は性格上とてもその様な心境にはなれません。
この「日吉通信」も便宜上Blogを利用してはおりますが、目的はそれとは全く異なります。やはり人間にとっては友人にしても住む土地にしても、自分にとって共有した時間が如何に長かったかが最も大きい要素になるのではないでしょうか。
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写真:我家の庭の雪景色
現役時代に思い描いていたリタイア後の生活の一場面は、“朝日が燦々と射し込みモーツアルトが流れる広い居間で、ブルーマウンテンを飲みながらゆっくりと新聞に目を通している自分”というものでした。
現実には家内とテレビのワイドショウを見ながら、インスタントコーヒーを飲んでおりますが、私にとって静かな環境と週4日の日課(長男の法律事務所手伝い)がある事は本当に幸せと思っています。家内には誠に申し訳ないのですが、日々都会の空気を吸いまた多くの人たちと接する事が出来て大変刺激になっています。
毎週水曜日は休日と決めており、家内と近郊のドライブやショッピング,映画,美術館巡り,食べ歩きなどささやかな楽しみの日としています。
最近では渋谷の文化村まで「グランマ・モーゼス作品展」を見に行ったり、みなとみらいのシネコンへ映画「北の零年」を見に行ったりしました。
月末には少々遅めになりますが、雪見露天風呂を楽しむべく家内と東北方面へ一泊旅行に出かける計画を立てています。
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写真:「グランマ・モーゼス作品展」 渋谷文化村
<小学校の同窓会>
先月、50年ぶりに北九州に住む小学校時代の同級生より電話を貰い、小学校6年生時代の同窓会を思い出の小学校(八幡市立高見小学校・・・当時)で開催するとの連絡を貰いました。
彼とは1年生の時からずっと一緒のクラスでしたが、以後特別な親交も無く年賀状を毎年交換するだけの間柄です。話し込むうちにいつの間にか小学生時代に戻っている自分に気付きとても不思議な気持ちに襲われました。
担任の先生がまだご健在であることを聞いて、懐かしさのあまり突然お宅に電話をしてみました。先生は現在81歳(当時は新婚の若い女教師)になられたそうですが、大変お元気な声にまずびっくりしました。また突然の電話にもかかわらず、多分千人を超す教え子の中から私だけでなく私の家族の事まで正確に覚えておられ驚いてしまいました。当時は1クラス50人以上の大所帯のうえ半世紀以上も経っているのに・・・と改めて感心した次第です。最近では先生の様に凛として慈愛に満ちた教師がめっきり少なくなったのは本当に寂しい事と思います。
高校,大学の同窓会は珍しくありませんが、小学校の同窓会は消息を辿るのが難しく発起人の余程の情熱がないと実現は普通困難と思います。
幸な事にこの様な千載一遇のチャンスが訪れましたので、万障繰り合わせて4月には北九州まで出向き恩師やかってのクラス仲間と再会したいと今から楽しみにしています。
おわり

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