英国の田園地方を訪ねて

日吉通信(H19年6月15日)
先月末より今月はじめにかけて英国旅行に出かけてきました。英国の田舎を訪ねる旅は長年の夢で、実は昨年実行に移すべく準備していたのですが直前にロンドンでのテロ事件が発生したため延期していたものです。
今回はいろいろ検討した末、個人旅行は見送り大手旅行社のツアーを申し込みました。
スコットランドのエジンバラより英国に入り、イングランド北部の湖水地方から南部のコッツウオルズなど英国の代表的な田園地帯を巡った後ロンドンより帰国する10日間のコースです。
宿泊のホテルは2連泊を前提にアレンジしてあり、体力的にも無理がかからないと思ったのがこのツアーを選んだ理由でした。
幸な事に旅行中一度も雨に遭う事もなく、絶好のお天気のもとベストシーズンの英国を堪能する事が出来ました。

<湖水地方>
南アフリカで仕事をしていた時に知り合った英国人から「英国の湖水地方は世界で一番美しいところなので、将来是非見に行って欲しい」と言われ、その言葉が今回の英国旅行のきっかけになったと思います。
我々が滞在したホテルは、湖水地方では最大のウインダミア湖畔にある趣のあるホテルでした。湖は少し寒々とした雰囲気を漂わせていましたが、まわりの鮮やかな新緑や色とりどりの花々を引き立たせ期待した以上の美しさでした。
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写真:宿泊した湖水地方のホテル(ウインダミア湖畔)
早朝近辺を散策したのですが、草むらからウサギが跳び出したり、目の前をリスが走り過ぎたり遠くからこちらの様子を伺う狐と目が合ったりとまさにピーターラビットの世界でした。
湖水地方では詩人ワーズワースの記念館を訪ねたり、観光船や蒸気機関車に乗って観光するなど童心に返って楽しみました。
またグループに別れて地元の一般家庭を訪問し、奥さんの案内で各部屋を拝見したり花の咲き乱れる庭に出て手作りのお菓子とアフタヌーンテイをご馳走になった事も素晴らしい思い出の一つです。
欲を云えばもう少し時間をかけて無数にある誰もいない湖のほとりをゆっくりハイキング出来たら最高だったろうにと思います。
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写真:湖水地方の風景

<コッツウオルズ地方>
旅の後半は典型的な英国の田舎の風景が残るコッツウオルズ地方を訪れました。
コッツウオルズは最近日本で特に人気の高い観光地で、多くのツアーに必ず組み込まれているようです。のどかな田園風景を背景に美しい花々で飾られた独特の色合いを持つ石造りの小さな民家が点在する光景が自然を愛する日本人に強い共感を呼んでいるのだと思います。
Cotswolds
写真:コッツウオルズの風景
我々は特に人気のあるバイブリーやボートンオンザウオーターまたカッスルクームなど典型的なコッツウオルズの風景が残る村々を訪れましたが、どこもまさに童話の世界の様な美しさでした。ここでは有名な英国庭園を訪れる予定になっていたのですが、直前になって庭園内の設備に事故が生じ閉鎖になったとの連絡が入り、急遽他の庭園に変更されました。そこはキフツゲートコートガーデンと云い祖母,母,娘の三代が長年かけて造り上げたイングリッシュガーデンで、最近NKHハイビジョンの特別番組で紹介されていたその英国庭園でした。怪我の功名と云いますか、思いがけずも見たかった庭園を訪れ素晴らしい庭を鑑賞する事が出来て本当に幸運でした。
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写真:キフツゲートコートガーデン(チッピングカムデン)

<ウエッジウッドのティーポット>
家内が骨董に興味を持っている事は以前にも何度か書いたことがありますが、今回の旅ではウエッジウッドの工房を訪れる予定になっていたため大変楽しみにしておりました。
ウエッジウッドの広大で美しい敷地や工房の様子は確かに印象的でしたが、ビジターセンター売店に並べてある品々は日本の百貨店でも購入できそうなものが殆どで、何か記念に・・・・と思っていた期待は裏切られてしまいました。
ところがその後コッツウオルズの村を訪ねた際に、家内が小さな骨董店でウエッジウッドのティーポットを見つけ、価格も手頃だったので思い出として購入しました。
ご承知の方もおられると思いますが、ウエッジウッドの製品の裏に入っているロゴマークは年代によって変化しています。 家内が帰国後調べたところ、このポットは約100年前に造られた時代物である事がわかり思わぬ掘り出し物に悦に入っている様です。
Wedgewood
写真:ウエッジウッドのティーポット

<終わりに>
私たちにとって海外では初めてのツアー旅行でしたが、お天気と面倒見の良い添乗員や愉快なグループメンバーに恵まれて楽しい旅を続ける事が出来ました。
グループは9組のシニア夫婦と数組のご婦人連による構成でしたが、皆さん旅慣れた人たちばかりで迷子事件や集合時間の遅刻など皆無で不愉快な思いをする事はありませんでした。
一緒に旅をしていると自然と連帯感が生じ親しくなりますが、お互い適当な距離を保っての交流は心地よく感じたものです。
ツアー旅行はその時々で詳細な説明や案内が受けられる事や、重いスーツケースの運搬から解放されるなど個人旅行では望めない利点があると思いました。
ただ決められたスケジュールのなか、万一途中で体調を崩せばその後の旅は苦痛の連続になる恐れがついてまわるのは避けられません。
この点、個人旅行の場合はその日の体調や天候によってスケジュールを調整できる自由度があるのは捨て難い長所だと思います。
次回の海外旅行をどの様な形にするかは今後時間をかけてよく検討してみたいと思っています。
現在机上に借りてきたワーズワースの詩集が置かれています。今回の旅ではワーズワースのほかブロンテ姉妹やシエークスピア,ビアトリクスポターなど有名な詩人や作家のゆかりの地を訪ねたのですが、この歳になってあまりにも作品について知らなかった事を恥じてしまいました。遅ればせながら今後時間を見つけて少しずつでもこれらの作品に触れて行きたいと考えています。今回はその背景を知る意味でも有意義な旅だったと思っています。
おわり

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スイス・トウーン湖畔滞在記

日吉通信(H17年9月23日)
残暑もようやく和らいできましたが、皆さん如何お過ごしでしょうか?
こちら先週より念願であったスイス旅行に出かけ、昨日無事に帰宅したところです。
今回の日吉通信はこの旅をテーマにしてみたいと思います。
<トウーンのB&Bへ>
14日の朝、10:15のKLM機で成田を出発、アムステルダムで乗継いで15時間近くかけチューリッヒ国際空港に到着した時はさすがに疲労困憊しておりました。
列車の発車時間まで1時間もなく、大急ぎでトウーンの宿泊先への電話連絡と駅窓口でのスイスパス発効手続きを済ませ、インターラーケン行の特急列車(インターシテイ)の二階席へ大きな旅行カバンを抱えあげ座席にどっかり座った時はさすがにホッとしました。
列車は2時間ほどでトウーンに到着しましたが、すでに夜8時半を過ぎており宿舎(B&B・・・Bed and Breakfast)にたどり着いた時には回りは真っ暗で、早々にシャワーを浴びてベッドにもぐり込みました。
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写真:滞在したB&B(トウーン市内)
翌朝目を覚まし、我々の部屋のある3階の窓から外を眺めると、アイガー,メンヒ,ユングフラウの3山が遠く朝日を浴びて白く輝いているのが見えました。
私達が8日間滞在した宿舎は、駅から徒歩5分の閑静な住宅地にある築100年を越す邸宅の3階部分で、三つのベッドルームとシャワールーム,トイレそれに簡単な自炊の出来るキッチンなどがあります。我々が宿泊した期間はここを占有で使わせてもらいました。
宿のご主人は地元の研究機関に勤めるスイス人、奥さんは日本人で娘さん2人、息子さん1人(小5)の5人家族でした。奥さんはとても気さくで面倒見の良い方で、滞在中は大変お世話になりました。
音楽に熱心な家庭のようで、居間にはグランドピアノが置いてあり子供達には声楽やチェロ,ビオラなど習わせているとのお話でした。内一日、夕食に招待して貰いましたが、本場のチーズ料理(ラクレット)をご馳走になりながらの家族の皆さんとの団欒は楽しい思い出となっています。
<湖畔の街トウーンとその周辺>
トウーン(Thun)はスイスの中央部ベルナー・オーバーラント地方にあるトウーン湖畔の美しい町ですが、日本では対岸(東端)にあるインターラーケンの方が知られており、事実ここでは日本人観光客を殆ど目にする事はありませんでした。
駅前にはトウーン湖遊覧船の発着所があり、石畳の道を少し登ると12世紀に建てられたトウーン城がそびえています。この城の塔から見る風景はまさにスイスそのものでした。
中世の名残を残す街の佇まいは静かで落ち着いており、美しく咲き乱れる花々やブラームスも愛したという運河で遊ぶ白鳥たち、時々聞こえてくる教会の鐘の音など異次元の世界に迷い込んだようでした。
我々は暇を見つけては何度もここを訪れ散歩を楽しみました。
THUN
写真:トウーン城からの眺め(トウーン湖を望む)
滞在中の一日はゆっくりとトウーン湖の遊覧を楽しみました。船はトウーンとインターラーケンの間を航行していますが、途中何ヶ所か下船して周辺を散策しました。
家内の友人から勧められたシュピーツにも立ち寄ってみましたが、古城と周辺のブドウ畑や花々が美しい湖面や緑の山々を背景にしてまさに絵のようでした。湖の遊覧は時間がかかるせいか、ヨーロッパ各地から来たと思われる老夫婦がのんびりと寄り添って窓外の景色を楽しんでいる姿が目につきました。
<各地のスイスを満喫>
スイスは小さな国なのでトウーンから殆どの場所には日帰りで行くことが出来ます。
我々は出発前にスイスパスを購入して出かけましたので、これをフル活用しました。パスは登山電車を除く殆どの鉄道と大都市の交通機関,遊覧船などが一定の条件,期間内で自由に利用出来ます。奮発して一等のパスを購入しましたが、ゆったり快適な旅を楽しむことが出来て正解でした。特に遊覧船の二階席は豪華で眺望も良く楽しめました。

到着翌日は素晴らしいお天気のもと、有名なユングフラウヨッホまで登山電車を乗り継いで登ってきました。
ここは26年前、会社の海外研修で渡欧した際に一度来た事があります。家内には素晴らしいところなので将来必ず連れて行ってやると約束していたのですが、これを四半世紀後に果たす事が出来ました。それにしても20世紀初頭に富士山山頂に匹敵する高度まで登山電車を走らせるとはスイス人は凄い事をやるなと改めて感服しました。国家の観光に対する信念が筋金入りである事を強く感じた次第です。
JUNGFRAU
写真:ユングフラウ(右)とメンヒ
一日はマッターホルンを見にスイス南部のツエルマットまで遠出しました。途中ブリークで私鉄に乗り換えて2時間半の距離です。この日も晴天で、ツエルマットの町なかを歩いていると突然マッターホルンが眼前に現れ圧倒されてしまいました。
町から地中ケーブルカーでスネガ展望台に登り周辺をハイキングしましたが、マッターホルンの美しい姿を色々な角度から見る事が出来て大満足しました。ツエルマットは観光のメッカとして日本でも有名で、あちこちで日本人観光客を目にしました。昔と違うのは日本人だけでなく多くの東洋人(韓国人,中国人,インド人など)を見かけた事です。現地の人に日本人と韓国人や中国人との区別は出来ないと思いますが、我々にはなぜか不思議とわかってしまいます。
MATTERHORN
写真:マッターホルンを背景に

スイスでは山だけでなく他の都市にも出かけてみました。
うち一つはローザンヌでB&Bの奥さんの勧めによるものです。スイス西部のレマン湖畔にあり、IOC本部のある都市として良く知られています。我々もオリンピック博物館を訪れてみましたが、ここでは日本のプレゼンスが強く感じられ嬉しくなりました。ローザンヌはフランス語圏でかなり街の雰囲気が違う印象を受けました。当日はレマン湖から吹いてくる風が冷たく、温度表示は9度を指しており寒さに震えあがってしまいました。

もう一つ訪問した都市は、スイスの首都ベルンです。トウーンからは列車で20分ほどのところにあります。ベルンはこじんまりした小さな街で、世界文化遺産にも登録された中世都市の町並みが今でも完全に残っています。駅から高台にあるバラ公園までバスで上り、ここから眺める街の風景は圧巻でした。
ドイツのローテンブルグやスペインのトレドを思い出しましたが、スケールはこれを遥かに凌いでおりました。
街なかでは時計台の内部を見学したり、丁度開かれていた蚤の市で近郊の農家の人たちが持ち込んだ温かいカボチャスープや試食用のチーズを口にしたりしました。
<旅を振り返って>
当初スイスは見所が多いためツアー旅行に参加するつもりで考えておりました。しかし家内にとって強行軍は体力的に無理があるため結局個人旅行で行くこととしました。
ツアー旅行は“効率的・安心”であるのに対し個人旅行は“気まま・スリリング”であると云う事が出来ると思います。国内でも同じ土地に3泊以上すると“滞在”している気分となりますが、今回のようにトウーンに8日間居ると何だかその土地に溶け込めた気持になる事が出来ました。ホテルも可ですがB&Bの方がその土地にさらに密着出来る様で旅の醍醐味が違うと思います。この様な旅の方法は時間的余裕のあるシニアには最適な形ではないでしょうか。
ただ問題はユーロッパなど遠方への移動が体力的にどこまで耐えられるかだと思います。特に飛行機のエコノミーの座席の窮屈さはこれが限界である気がしました。
まだまだ元気の残っているうちに遠方を旅行して、“本当のシニア”になってからは近隣や国内旅行を楽しみたいと思います。
おわり

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中国・広州訪問

日吉通信(平成17年1月12日)
皆さんお正月は如何でしたか?こちら年末より次男が中国・広州より帰国し家族そろって賑やかに過ごす事が出来ました。
次男は5日には現地に戻りましたが、7日からは我々夫婦と長男が中国まで遊びに行ってきました。3泊4日の短い旅でしたが目いっぱい楽しむことが出来ました。

<中国・広州訪問>
次男はコンピューターメーカーに勤務しておりますが、昨年9月に中国・広州に転勤となりました。ご存知のように広州は北京,上海に次ぐ中国の大都会で、日本企業の進出も相次いでおり、その発展ぶりには目を見張るものがあります。人口は一千万ほどだそうで高層ビルの林立する街は熱気に溢れていました。
次男の住むマンションは都心にあり25階建てビルの17階にある3LDKでした。24時間対応のフロントや保安員が常駐しており、居住者専用のレストランも備わっています。
ルームクリーニングやベッドメーキングなどのサービスもついており至れり尽くせりのあまりお目にかかれぬ豪華なものでした。独身の息子が住むにはもったいない気がしましたが、会社のステータスとセキュリテイのために必要なのだとの話でした。
広州は観光都市ではないため名所・旧跡の類はあまりありませんが、2日間かけて市内を次男のアテンドで回ってきました。
広州東駅前界隈,孫文の中山記念堂,各所の繁華街や住宅街,骨董屋街などなかなか外国人観光客の行けぬ所を見て来る事が出来ました。
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写真:孫文・中山記念堂
特に面白かったのは偽物マーケットで、有名ブランド品のニセモノ店が軒を連ねていました。ロレックスの時計は勿論、シャネルのバッグからルイヴィトンのブリーフまで何でもあり恐れ入ってしまいました。丁度上野のアメヤ横丁の規模や雰囲気と同じで海外も含め各地の業者が仕入れに来るのだそうです。
中国人の考え方は「ニセモノを本物と称して売りつけるのは悪いが、ニセモノをニセモノと宣言して安い値段で売ってどこが悪い!」と云うものです。
当地は“食は広州にあり”と云われる中華料理の本場で、至る所に大規模なレストランがあります。写真はその一つで海鮮料理専門ですが、一階はいけすになっておりあらゆる魚介類が活きたまま並んでいます。中にワニまで居たのには驚いてしまいました。
2階から4階は大食堂で、1階で注文した魚介類をその場で調理して食べさせてくれます。
中華料理にしては薄味でなかなか口に合いました。
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写真:市内海鮮レストラン
2日目に市内繁華街で入ったレストランは所謂大衆食堂で、現地の人と相席でラーメンを食べたのですが結構美味しく貴重な体験となりました。ただボリュームの多さには参ってしまいましたが…。
その他、中国式マッサージの店にも連れて行って貰ったのですが、足裏マッサージから始まり全身隈なく2時間かけて揉んでもらいスッキリしました。
日本でこの様なマッサージをして貰ったら目の玉が飛び出る程の請求書をつきつけられることでしょう。
その他、家内の強い希望で街外れの骨董街にも足を運んだのですが、古めかしい小さな店が並ぶ通りには陶磁器や書画骨董などが雑然と並んでおり、マニアには宝の山に写るかもしれません。ただ素人の外国人に品選びするのは至難の業だと感じました。
あっと云う間の短い訪問でしたが、異文化に触れる新鮮な経験が出来て家内も長男も大変喜んでおりました。
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写真:骨董店通り

<中国の印象>
広州までは成田から飛行機で往5時間,復4時間ほどかかります。ヨーロッパなどに比べると半分以下の時間ですが、エコノミーの座席は結構堪えました。
私も仕事では大原,北京,武漢,西安ほか中国各地を何度か訪れており、広州に近い香港にも2回ばかり行ったことがあります。
中国を旅行して帰国するといつも“やっと脱出できてホッとした”と云う気持になります。今回も例外ではありませんでした。その一つは言葉の問題で、英語はどこも全くと云って良いほど通じず、コミュニケーションの断絶は絶望的なものがあります(ツアー旅行ならこの点気楽なのですが…)。
次男も在中3ヶ月で慣れていないため、我々のために通訳を雇ってくれ何とかしのぐ事が出来ましたが、観光地でない土地での個人旅行は中国語がある程度出来なければ殆ど不可能に近いと思いました。
また今でこそ表通りは日本と変わらない豊かさで溢れていますが、貧富の差が激しく膨大な人口とあいまって生存競争の激しさは到底日本の比ではありません。
その典型的な例がラッシュ時のすざましい車の割り込みやタクシーの争奪戦です。彼らには相手に譲るとか列になって並ぶなどと云った考えは全く無いようで、何事も早いもの勝ちの世界です。
とにかく自分の言い分だけを主張しようと、所かまわず大声でまくし立てるあの独特の中国語のリズムには聞いているだけで頭痛を催す程でした。
日本に帰ってホッとするのは、多分この様な世界から脱出できた安心感からなのでしょう。
また今回の旅で特に印象を強く持ったのが、中国の驚異的な発展スピードで、この様なペースで膨張が続けば近い将来、世界の資源問題や環境問題が激変し我々の生活にも深刻な影響が生じるであろう事を予感させるものでした。目先の日本鉄鋼業の好況に喜んでばかりはいられないなと思った次第です。
今回の旅行では最初から最後まで次男にすべて面倒を見て貰い感激しました。また次男の生活の様子や仕事の環境などもこの目で見ることが出来大変有意義でした。将来またゆっくり訪れてみたいと思っています。
おわり

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のんびりニュージーランド旅行

日吉通信(H16年3月6日)
3月を迎えましたが、まだまだ寒い日が続きますね。皆さんその後も充実した日々を過ごしておられることと思います。当方、先月半ばより2週間弱ニュージーランドへ家内と旅行を楽しんできました。今回の日吉通信では旅の報告をしてみたいと思います。

<懸案のニュージーランド旅行>
ニュージーランドはカナダと北欧をミックスしたような自然の美しい国だと聞いており、現役時代から是非一度訪れてみたい憧れの国でした。今回現地のベストシーズンである2月を狙って旅行計画を立てたのですが、航空券や宿の確保など思いのほか難儀してしまいました。やはりシーズン中は、オーストラリアなどに比べて供給側のマスが小さいため対応が難しいのだと思います。ゆったりした旅を楽しむため宿泊地を南島のクライストチャーチとクイーンズタウンの2都市だけに絞りそれぞれ5日滞在する計画で考えました。宿舎は日本人が良く利用する大きなホテルは避け、敢えて小さなB&B(日本人経営)を利用する事としました。その最大の理由は現地に肌で接する旅がしたかった事と、将来可能であればやってみたいロングステイの候補地についての具体的な情報を出来るだけ集めたいと考えたからです。

<花いっぱいのクライストチャーチ>
ニュージーランドへのフライトは距離的にはヨーロッパと同じくらいあり、いささか疲れてしまいました。ただ時差が少ない(4時間)ため体調回復の点ではややマシと云えます。我々の飛行機がクライストチャーチ空港に着陸したのは2月21日の午後1時ころでした。
クライストチャーチはご存知のようにニュージーランド南島中央部の南太平洋側に位置する大都会です。真夏の南半球の日差しは眩しく、ここは南アフリカの空と同じだな・・・と云うのが第一印象でした。空港にはB&Bのご主人(松崎氏)が迎えに来てくれており、氏の車で郊外の閑静な住宅地の中にあるお宅(宿舎)に連れて行ってもらいました。B&BとはBED&BREAKFASTの略で、日本のいわゆるペンションに該当します。ここのB&Bは客室2部屋のみのこじんまりとした静かで居心地の良い宿でした。松崎氏は東京での公務員生活に見切りをつけて、現地生活の経験がある奥さんと数年前にここでB&Bを始めたとの事ですが、我々に対し実に暖かく細やかな心遣いをして下さいました。クライストチャーチは別名ガーデンシテイとも呼ばれ、街中が美しい花で溢れています。2月は1年の中でも最も美しい時期だそうで、フラワーフェステイバルの行事の一環として各家庭のガーデニングのコンテストが毎年実施されているそうです。我々は入賞したお宅の庭を巡る現地のツアーに参加してみたのですが、マイクロバスにお客は我々夫婦を入れてたった4人だけでした。ガイドのオバサンの話すニュージーランド英語は難解でしたが、訪問したお宅の庭には色とりどりの花が咲き乱れており、その華やかな風景には圧倒されてしまいました。
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写真:花いっぱいの家(クライストチャーチ市内)
クライストチャーチには5泊したのですが、内2日は遠出をしました(事前予約の日本語ツアーに参加)。その一つは“世界の車窓から”でも紹介された高原列車「トランツアルパイン号」で新雪輝く南アルプスを横断する観光です。
もう一つは有名な“マウントクック”への日帰りツアーでした。道中美しくのどかなニュージーランドの風景を満喫しましたが、長距離ドライブにはいささか参ってしまいました。宿の主人に「東京から名古屋まで日帰り旅行するようなものですよ!」とあきれられた次第です。残りの4日は家内と二人で市内,近郊を気ままに歩き回りました。普通の観光客はあまり訪れることのない場所をゆっくり見て回る事ができました。
街の中心部から少し離れた高級住宅地の中にあるショッピングストリートでは数軒のアンテイークショップを思いがけず見つけ、家内は捜し求めていた銀のスプーンを手に入れる事ができ大変興奮しておりました。

<湖畔のリゾート クイーンズタウン>
クイーンズタウンはクライストチャーチから飛行機で南へ約1時間、内陸のワカテイブ湖畔にある小さな美しい町です。街外れの山にロープウエイで登り、山頂から見る雄大な湖や山々の風景は、まさに息をのむと言った表現がぴったりです。特に新雪を戴いた山々と湖の色のコントラストは見ていても飽きる事がありません。
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写真:クイーンズタウン
宿にしたB&Bは、街なかから徒歩10分ほどの湖畔の洒落た石造りの建物で、2階のデッキからアフタヌーンテイを飲みながら眺める湖の景色は最高の気分にさせてくれます。
湖にはタイタニック号と同じ年(1912年)に就航した蒸気船が現在も現役で動いており、我々も最終日に乗ってみたのですが、湖上から眺める周囲の風景はまた違った趣があり素晴らしいと思いました。
滞在中、一日は西海岸の有名な“ミルフォードサウンド観光”に遠出しました。素晴らしいお天気に恵まれ船上から絵葉書のように美しいフィヨルドの風景を堪能しました。
マウントクックやミルフォードサウンドなど有名な観光地は日本人観光客が非常に多く極端な言い方をすれば“観光客の4割は日本人”と云っても過言ではありません。同胞が多いのは心強い点はありますが、あまりに数が多いと国内旅行と錯覚してしまいそうで少々問題です。
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写真:ミルフォードサウンド
これとは逆になりますが、内一日を現地のハイキングツアーに参加してみました。何とラッキーな事に当日のツアーのお客は我々二人だけで、まさに貸切となってしまいガイド独り占めでフルに一日を楽しむことが出来ました。
湖最北端の町グレノーキー(人口160人)から国立公園の原生林に入り、ぶなの大木が密生し、ニュージーランド特有の大きなシダや苔の生い茂る林の中を奥へ奥へとハイキングしました。
また湖畔の小川で砂金取りの真似事をしたり、湖最奥部(行き止まり)にある小屋でバーベキューを頬張るなど盛りだくさんに楽しみました。ニュージーランド南部は南極に近いためか気候は夏とは言い難く、木々も黄葉が始まっておりました。宿でも朝夕は暖房が必要で、日中も持参したセーターやウインドブレーカーが手放せない状況でした。

<旅を終えて>
世界のロングステイ候補地の中でニュージーランドは常に上位にランクされますが、この度初めてここを訪れてなるほどと納得しました。やはり温暖な気候と美しくのどかな風土、清潔で安全な環境や安い物価、先進国でかつ英語圏である事などすべての条件を満たしていると思いました。
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写真:湖畔のB&B(クイーンズタウン)
我々もロングステイ先を物色しているご夫婦や、すでに滞在6ヶ月目になるご夫婦、また1ヶ月かけて国中をドライブ旅行されているご夫婦などと話をする事が出来ましたが皆さんいずれも明るく前向きなのに感銘を受けた次第です。
今回の旅行は敢えて目的地を絞り、宿舎もB&Bを利用するなどゆったりと現地に肌で接する事の出来る計画を立てましたが、結果は成功であったと思っています。昨年秋のドイツ旅行に続き、今回のニュージーランド旅行はリタイア後二度目の海外旅行となりました。
すでに次回の候補地を検討しておりますが、日本国内にも訪れたい場所が沢山ありますので今後はこれらとバランスをとりながら考えて行きたいと思います。旅を楽しむための大前提はやはり夫婦の健康だと思います。これからも健康には十分留意しながら細く長く?人生を楽しみたいと考えています。
おわり

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ドイツへの旅(旧友を訪ねて)

日吉通信(H15年11月4日)
10月24日から31日までの8日間、家内とドイツ旅行に出かけてきました。今回の旅は、8年前に南アフリカで一緒に生活したドイツの友人たちを訪ねてのものでしたが、大変な歓迎をしてもらい思い出に残る楽しい旅となりました。

<今回の旅のいきさつ>
南アフリカのコロンバス・ステンレス製造総合技術援助プロジェクトでは、我々日新製鋼チームは熱延工程を担当しましたが、製鋼および冷延工程はドイツ・テイッセン社が行い、全体を同じくテイッセンのDr.ケニッツアーが統括しておりました。
氏はテイッセンの役員クラスの偉い人でかなりの高齢ですが、典型的なドイツ人で頑固一徹一切妥協を許さない仕事には非常に厳しい人でした。氏は熱延責任者である私の現場事務所(後にも先にも人生一回だけの“個室”)に毎週月曜日に訪ねてきて、私から具体的な進捗状況の報告を聞きその後当面の指示を与えていました。
氏は我々日本人の精力的な仕事ぶりを大変評価してくれ、リーダーだった私を大変可愛がってくれました。我々日新グループをイコールパートナーとして立ててくれ、困った立場に陥ったときには全面的にバックアップしてくれるなど氏に対する恩義は今も忘れていません。
現地ではテイッセングループと同じ宿舎で生活していましたが、彼らの殆どは夫人同伴でした。私も仕事が一段落した段階で、家内を1ヵ月半ほど現地へ呼んだのですが、そこで家内も夫人たちと知り合い一緒にお茶を飲んだり買い物に出かけたり、ピクニックを楽しんだりと大変親密な間柄になりました。
そんなわけで、将来是非ドイツに遊びに来るようにとの誘いをもらい今回8年ぶりにそれを実現させたものです。

<デュイスブルグ訪問>
フランクフルトにはJAL直行便(12時間)で行き、当夜は現地のホテルに宿泊、翌朝ICE(新幹線)でデュイスブルグに向いました。デュッセルドルフの次の停車駅で、ホームにはDr.ケニッツアー夫妻が迎えに来てくれていました。現地は外気温が5度前後とかなり寒く晩秋といった雰囲気です。氏の車で郊外にある自宅に直行、まずはそのお宅の豪華さに驚いてしまいました。1階のリビングは40畳以上ありアンテークな調度品でさながら小さな美術館のようでした。2階は5室あり、我々のために2部屋を準備してくれていました(丁重にお願いして1部屋にして貰った)。
地下室には暖炉のある部屋とサウナ,トレーニングルーム,ワインセラーや物干しスペースなどがありまさに田園調布の邸宅です。氏のお宅には2泊させて戴いたのですが、毎回食事には奥さん手作りのドイツ料理をご馳走になり大変恐縮してしまいました。会話の中心は南アフリカ時代の思い出、友人・知人の消息、家族の状態、現在の生活・健康状況、自国の社会・経済情勢などなど尽きませんでした。ご夫婦は我々の訪問を心から喜んでくれ、最大級のもてなしをしてくれたと思っています。
特に近郊の古城や教会,ローマ時代の遺跡跡など日本人観光客はまず訪れる事のない場所を案内してもらった事や、自宅そばの公園(鬱蒼とした森の中の散歩道)を一緒に散策した事などはすばらしい思い出となっています。
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写真:Dr.KOENITZER宅にて歓談
3日目の朝には、Dr.ウンガー(製鋼責任者)とMr.モゼーク(品質責任者)が約束の時間10分前(10分前厳守はドイツ人の時間哲学)にネクタイ姿で迎えにきてくれました。
途中頼みもしないのに車でクレフェルドのテイッセン製鉄所を一周し、構内の現場事務所を指差しながら、あの事務所で仕事をしていたのだと懐かしそうにまた誇らしそうに話をするのを聞いて、彼らのテイッセン社に対する深い愛着とプライドを伺い知る事が出来ました。
その後それぞれのお宅を訪問し、奥さんを交えて歓談した後に、近郊の洒落たレストランでご馳走になりました。
先方の奥さん方は家内との再会を事のほか喜び、いつまでも積る話が尽きないようでした。今回は時間の関係でゆっくり出来ませんでしたが、次回は是非長期に滞在して行くように何度も念を押され、夕刻にデュイスブルグの駅で
彼らと別れフランクフルトに向かいました。旧交を温めたすばらしい3日間でしたが、別世界での緊張の連続に家内ともども正直少々気疲れしてしまいました。

<アルトハイデルベルグ>
旧友3夫婦との再会を果たした後は、家内と南ドイツの観光を楽しみました。古城街道やロマンチック街道などを駆け足でまわったのですが、なかでもハイデルベルグは高校時代に読んだ「アルトハイデルベルグ」の印象が強烈で、いつかは行って見たい私にとっては憧れの町でした。
出発前、もう一度本を読みなおしてから出かけたいと思い、あちこち本屋にある各出版社の文庫本を探したのですがどうしても見つかりません。調べてみたところ既に20年前に絶版になってしまった事がわかりました。
しかしどうしても読みたいと思い、岩波書店に勤めている義弟に頼み、会社の蔵書から全ページをコピーして貰い、なんとか事前に読み直す事が出来ました。それにしても今の若い人たちは、あの名作を読むチャンスが完全に失われているのかと思うと大変気の毒な気がします(原書で読める人は別ですが・・・)。
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写真:憧れのハイデルベルグ
覚悟はしていましたが、現在のハイデルベルグは完全な観光地で京都・奈良や鎌倉と同じような有様でした。オフシーズン直前でしたが街には観光客が溢れ日本人の団体もあちこちで目にしました。
そんなわけで静かに思索にふける事など当然ながら望むべくもありません。ただあのネッカー河を挟んでの美しい市街の佇まいや山腹の古城,澄んだ空気ややわらかな光、そして晩秋の色づいた山々の風景は想像を超えた美しさで、はるばる訪れた甲斐がありました。
ハイデルベルグはこれからも一層クリアなイメージとして心の中に生き続ける事と思います。

<久し振りの海外旅行>
私にとって海外旅行は数年ぶりの出来事で、それも仕事ではなく初めての個人旅行であったため少々不安な思いをしました。特に鉄道を利用しての旅は初めてで、事前に本やインターネットでかなり下調べをして出かけました。
ICEはドイツ版新幹線で時速は250Kmですが、座席は新幹線よりゆったりしており、特に車窓からの眺めは牧歌的で、美しい畑や森、古風な教会を中心とした小さな集落が次々と現れまさに絵になります。
帰りのミュンヘンからフランクフルト空港駅までは一等車に乗ってみましたが、飛行機のビジネスクラス並の快適さでした。
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写真:インターシテイの車窓より
通貨は以前の訪問時はマルクでしたが、今回はユーロに変わっていました。ドイツではドイツ語読みで“オイロ”と呼んでいます。一部の国を除きヨーロッパでは共通の通貨が使われる様になった事は、我々旅行者にとっても非常に便利になったものです。ドイツでもサマータイムが採用されており、10月最終日曜日に1時間時間を遅らせる(通常時に戻す)ようになっています。これをうっかり知らずに旅すると飛行機や汽車に乗り損ねるなど酷い目に遭いかねません。(この度は我々にとって睡眠時間が1時間増えて時差ぼけ解消にプラスでしたが・・・)
ドイツが寒い事は知らされていましたが、ミュンヘン近郊では既に積雪しているのにびっくりしました。南だから暖かいだろうと勝手に思っていたのですが、アルプスに近づいているのですから考えてみれば当たり前の話です、
ドイツでは11月から本格的なクリスマスシーズンに入るようですが、10月末にはどの町も店頭はクリスマスの飾り付けで、もうクリスマスモードでした。かってスペインでもクリスマスシーズンを過ごした事がありますが、キリスト教の歴史と伝統のある国々のクリスマスシーズンは日本の商業的なケバケバしさとは異質な暖かく幻想的な雰囲気があるように思います。
おわり

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