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春の中国地方ドライブ旅行

日吉通信(H21年4月23日)
今年の桜の盛りは随分早かったですね。地球温暖化の影響で、この傾向は今後も続くのでしょうか?
今月は13日より本当に久しぶりに家内と一週間のドライブ旅行に出かけてきました。
高梁と呉にある両家の墓参りが主目的でしたが、親戚,友人,知人と再会したり呉在住時に良く出かけた中国山地や山陰の懐かしい場所を再度訪れたりもしました。お陰様で期間中、お天気にも恵まれて安全,快適な旅を楽しむことが出来ました。
<備中高梁と山田方谷>
我家の墓のある岡山県・備中高梁市は高梁川流域に開けた中国山地の小都市で、武家屋敷や古い社寺仏閣が残る趣のある城下町です。どこか山口県の津和野に似た佇まいをしています。
町なかの美観地区には旅行案内書を手にした若い女性のグループや老夫婦などが行き交い観光地独特のひなびた雰囲気を醸し出しています。
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写真:桜吹雪の小径(高梁市旧市街)
当地は幕末の改革者“山田方谷”を輩出したところで、今でも方谷の功績が町の歴史として大切に保存されています。山田方谷については以前NHKで詳しく紹介された事がありますのでご記憶の方もおられると思いますが、多くの幕末の志士たちに影響を与えた重要な人物だったようです。
私の母はその五代目の子孫に当たり、子供の頃から方谷については良く聞かされていました。JR伯備線に方谷と云う小さな駅がありますが、母に言わせると全国広しと云えども駅名が人名に由来する駅はここだけだそうです。方谷の子孫には多くの学者や実業家などが出ていますが、母の父親は役人として広島,高知や松江など各地の県庁所在地を渡り歩き、退官後は高梁市内に小さな居を構え悠々自適の余生を送っていました。
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写真:山田方谷像(高梁市資料館)
一方、父の先祖は家に残る系図によると愛知県の設楽町にルーツがある様ですが、江戸時代に仕えていた主君に従って備中高梁(松山城)に移り住み、その後この地の住人となったとの事です。
そんな訳で備中高梁は両親にとって深い因縁のある土地と云う事になります。
我々夫婦も将来はここ高梁の墓に入る事になるわけですが、横浜からあまりに遠い所なので正直一抹の不安も覚えています。
Mitoya_river
写真:山陰・三刀屋川の風景
写真は呉から松江に向う道中に島根県・三刀屋で撮ったものです。ここは隣の木次とあわせ桜の名所として全国的に有名ですが、訪れた時にはソメイヨシノは既に終わっていましたが有名な薄緑色の桜〝御衣黄〟が満開で三刀屋川の河原に見事に咲き誇っていました。
<水の都松江>
松江は母が女学生時代に住んでいた所で、子供のころ松江城を囲む城下町の風景や小泉八雲の話を良く聞かされていました。
呉在住時にも車で何度か日帰りで訪れた事がありましたが、一度ゆっくり時間をかけて市内を散策してみるのが前々からの念願でした。そんなわけでこの度呉からの帰りに一日だけですが松江に宿泊し市内を探訪する事にしたわけです。予約したホテルは宍道湖畔にあり松江城も徒歩圏内で気軽に散策を楽しむ事が出来ました。
お堀を小船で遊覧する堀川巡りも楽しんでみましたが、船頭さんの名調子とお堀から見る古い町並みの風景が良くマッチして城下町の情緒を満喫することが出来ました。
翌朝には松江城の天守閣に登ったのですが、時間の早かった事もあり訪問者は我々夫婦だけで、ゆったりと宍道湖の絶景を独り占めにしました。
その後松平不昧公ゆかりの茶室「明々庵」を訪ねお抹茶を頂戴しましたが、ここも訪問者は我々のみで美しい庭を愛でながら静かな時を過ごす事が出来ました。
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写真:松江城

全走行距離が2000Kmを越すロングドライブでしたが、安全運転に徹し無事故で帰宅しました。
この度はETC高速道路特別割引期間中のため、東名川崎ICからの片道料金が14000円強のところがなんと2500円で済み大助かりでした。ただ呉での滞在日数が十分にとれなかったため、一部の方々としか再会できなかった事は唯一心残りでしたが…。また留守中、高齢の両親の様子を見に弟や妹達がシフトを組んで日吉までやってきてくれたため安心して旅行を楽しむ事ができ有り難く思っています。現在のところ両親の健康状態は安定していますので、近い将来また長期旅行を楽しみたいと考えているところです。
おわり

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