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東京タワー

日吉通信(H21年1月28日)
今年も例年通り平穏に明けました。退屈なお正月が何だか貴重なものに思えてくるのは、やはり歳のせいなのでしょうか? 正月休みの間は近くの天満宮へ初詣に出かけた程度でしたが、中旬家内と日帰りで湯河原温泉方面へドライブに出かけてきました。ゆったり露天風呂に入り海鮮料理を楽しみましたが、さすが地元だけに旨さが違い大満足でした。特に金目鯛の煮付けは絶品だと思いました。
十国峠から箱根回りで帰ったのですが、晴天のもと寒風に震えながら仰ぎ見る富士山の美しさには改めて感動しました。
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写真:芦ノ湖より望む富士山
<年賀状>
我家の場合、毎年やりとりする賀状は300枚前後で以前から殆ど増減していません。
家内は1通ごとに近況など手書きのメモを入れておりますが、私の場合は原則印刷したまま出させて貰っています。少々横着ですが、賀状は“相互の生存連絡”と割り切っている次第です。
以前Emailによる新年挨拶状がはやった事がありましたが、すぐに廃れてしまいましたね。バーチャルなものはやはり現物のハガキとは違い発信者の心が通じないからだと思います。賀状を出すと云う“手間”をかけることにより誠意が伝わるのではないでしょうか。
私も頂戴した賀状や喪中挨拶状の中で特に心に留まったものについては、年が明けてから別途手紙かハガキで便りを出す様に心がけています。逆に当方の賀状を見て電話や手紙,メールを貰う事も良くあり、年賀状は単なる虚礼ではなく日本に根付いた心の交流のインフラだと思います。
25日に年賀状の抽選が行われましたが、我家は4等(切手セット)が7枚と例年通りでした。これは確率どおりで毎年いつも変わりません。宝くじも買わない限り当たらないと良く言われますが、買おうと思っても賀状の抽選の結果が頭をよぎりいつも躊躇してしまいます。 

<東京タワー>
東京タワーは昨年末で50歳を迎えたそうですが、私にとっては(多分殆どの人にとって)全くの関心外で長年その存在を意識した事すらありませんでした。ところが一昨年話題になった映画「3丁目の夕日」を見てから、なぜかもう一度だけ上って見たいと思うようになっていました。
私が最初に東京タワーを訪れたのは40数年前の大学生の頃で、当時は完成して間もない流行最先端のスポットと云った感じの場所でした。地下鉄を下り地上に出て方向が分らず通行人に「東京タワーはどこですか?」と尋ねたら、真上を指差されたのを覚えています。多分“この田舎物!”と思われた事でしょう。
先週末、他にも用があったので家内と思い切って再び東京タワーを訪ねてみました。昔は地上150mの大展望台しか無かったのですが、その後地上250mの特別展望台が追設され、是非そこから現在の東京を眺望してみたいとの強い思いがありました。
エッフェル塔に上った時もそうでしたが、古今東西人は高いところに上がるのが好きな様で、塔の下には入場者の長蛇の列が出来ており大変な混雑でした。特に大展望台から特別展望台を結ぶエレベーターは定員が10名で、入場人数を制限していたためか一時間近くも並ばされくたびれ果ててしまいました。
ツアーなどスケジュールに追われている人にはとても上がるのは無理な話で、特別展望台のチケットをタワー入口ではなく大展望台で販売している理由が良くわかりかした。
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写真:東京タワー特別展望台よりの眺望(お台場,羽田空港方面)
特別展望台からの眺望はさすがに素晴らしく、遠く富士山や房総半島など関東平野一円を鮮やかに見渡す事が出来ました。40数年前に見た東京と比べ無数の高層ビルが林立しており、特に大気汚染が克服されクリアな視界が確保されている点は日本が高度経済成長を経て内面的にも豊かな国になった証拠の様に映りました。
ここから見る夜景の美しさは多分世界でも一級品だと思います。是非訪れてみたい気もしますが、上がるまでの難行苦行を考えるとやはり敬遠する事になるでしょう。
昔と違い訪れる人々の外見も、中にある色々な店舗も随分と垢抜けし「3丁目の夕日」の頃とは隔世の感がある様に思いましたが、お土産屋で見つけたあのプラスチックの東京タワーの置物だけは昔のままで何だか懐かしさと安堵感を覚えてしまいました。
おわり

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