ポケットWiFiの導入

日吉通信(H24年4月30日)
いつの間にか新緑の季節を迎え、時の流れが年々加速してゆくのを痛感します。
2月に転倒して足を骨折した母もその後徐々に回復し最近では殆ど元通りの生活が出来る様になりました。この間夫婦二人揃っての外出は難しかったのですが、今後はある程度可能になりそうで喜んでいます。
先日、日新・呉の熱延OB会事務局より総会の案内状が届きました。呉製鉄所の熱延関係OBによる親睦会で“帯友会”と称し毎年5月に会社施設で総会が開かれています。私は呉から離れた事もあり、初回の総会に参加して以降はずっと顔を出しておりませんでした。今年は十年ぶりに出席し懐かしい職場の友人たちと再会するのを楽しみにしています。
Keiohiyoshi
写真: 新緑の慶応大学日吉の銀杏並木
<ポケットWiFi導入>
我が家のインターネット環境は東芝のノートPCにADSLを接続、主にメールやブログなど平均的シニアの楽しみ方をしています。光ブロードバンドの勧誘はこれまで何度も受けたのですが、何故か我が家のADSLの調子が非常に良く、光のスピードと殆ど差がないうえ月額料金も倍額近くに上がりそうなのでずっと断り続けていました。
先月プロバイダーである@ニフティより電話があり今流行のポケットWiFiの導入を熱心に薦められました。これさえあればどんな場所でも自由にインターネットが出来るとの甘い言葉に誘われついその気になった次第です。
背景には我が家のPCがまだウインドウズXPで、近い将来ウインドウズ7に更新する必要があった事と旅行などモバイル目的にもう一台小型のPCが欲しいとのニーズがあったからでした。こんな理由からポケットWiFi用に富士通のタブレット型PC(ウインドウズ7搭載)を購入する事に決めました。今流行のスマートフォンを購入する選択肢もあったのですが、小さく狭い画面上の細かい文字を読み取ることがシニアの私には少々苦痛なのと、指先による文字入力のもどかしさは精神衛生上良くないとの強い思いがありました。
このたび購入した富士通のPCはタブレット型とは云いながら小型のキーボードも付属しており、使用目的によりいつでも入力方法を切り替えられるところが気に入りました。有楽町のビックカメラや大型電器店へ何度か現物を確かめに出かけたのですが、該当のPCが店頭には無かったので、若干の不安はありましたがインターネットの通信販売で申し込みました。現物は問題なく我家に届いたのですが、難題は届けられたPCの立ち上げでした。説明書を読みながら手順に従い長時間恐る恐る立ち上げの操作を続ける作業は精神的に疲労困憊してしまいます。また別途@ニフティから送られてきたポケットWiFiのセットも素人が一人で立ち上げに辿り着くのは悪戦苦闘の連続でした。電話勧誘の女性が「PCに無線LANの機能さえあれば、簡単にインターネット環境がつくれます」と事も無げに言った勧誘用のセリフに騙されてしまった事に歯軋りしました。幸いな事に私には最強の切り札”富士通勤務の次男”が居りますので、最終的には彼の助けを借りて無事難関を乗り切る事が出来ました。おかげ様で現在は家内と二台のPCを使い分けインターネットライフをフルに楽しんでいます。
今回のモバイルパソコン導入の経験から出た結論は、マウスやキーボードが如何に人間工学的に優れたデバイスであるかを再認識した点です。指先によるタッチ入力は直感的で簡単と思われがちですが、まさに「靴底を介して足裏の痒みを掻く」の例えの通り人間工学的には極めて問題のある方法だと思います。
ウインドウズ7もこのたび初めて使ってみましたが、XPとはかなり勝手が違い手間取っています。もう少し練習を重ね使い慣れて、この年末頃までには我が家のメインPCを更新したいと考えています。
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写真: 富士通タブレットPCとポケットWiFi(手前)
<深刻な海外技術流出問題>
先日の日経新聞に新日鉄が韓国ポスコを高級電磁鋼板製造技術盗取の件で提訴したとのニュースが出ていました。昨今中進国の技術躍進が注目されるようになってこの方、日本の先端技術の海外への不正流出が深刻な問題になっています。原因の一端は日本側のガードの甘さにもありますが、相手国側の狡猾で計画的な作戦にまんまと一杯食わされるケースが殆どだと私は見ています。
特に韓国は自国の弱点をしっかり認識しており、日本の成功例,失敗例を徹底的に調べあげ、自国産業強化の戦略に生かしている点はある意味立派だと思います。最近では事情もだいぶ変わっているようですが、私が現役時代の韓国技術者の日本語能力は大変レベルが高く誰もが流暢に日本語をしゃべるのには驚嘆しました。
彼らには自分たちの国が生き延びるためには、日本から技術を盗み出すことが最短・最効率的な方法であることが良くわかっていたからだと思います。特にショックを受けたのは、私が熱延課長時代に工場見学に来た韓国人技術者たちの工場見学の際の様子でした。彼らは本来なら絶対にありえない運転室内まで入り込み長時間ステンレス熱延の様子を見学して行きました。驚いたのはその際彼らが自社の作業着を身につけていた事でした。通常見学者は訪問先の見学衣を借りて現場に出るものなのですが、私は彼らの姿を見てその本気度に一抹の不安を覚えたのを思い出します。「見学中は一切の質問を受け付けない」と云うのが見学許可の条件でしたが、熱延が専門の彼らにとっては、一目見ただけで圧延の速度や温度といった技術情報がわかってしまい、また熱延ラインに付帯したステンレス圧延用の各種特殊装置も一目で見破られてしまうと云った心配が尽きませんでした。
またその後何年か経った後、今度は韓国側の要請に応じ有楽町の本社で技術打ち合わせをする事となり、急遽上京した事があります。人目を憚る会議のためか当日は土曜日で出勤者はおらず照明の消えた事務所内は暗く閑散としていました。狭い会議室に篭って長時間ステンレス熱延の技術的問題について質疑に応じました。上司からは常識の範囲内で応答するようにとしか言われませんでしたが、彼らの事前によく勉強した的確な質問内容にタジタジとなったものです。
会社が見学や質疑応答を許可した交換条件の中身(Give and TakeのTake)は私にはわかりませんが、当社にとってもそれなりのものがあったのでしょう。とは云え表に引っ張り出される担当者は本当に苦労させられます。相手側の技術レベルが高いだけに誤魔化しはなかなか利きません。
現在の韓国鉄鋼産業のレベルはすでに日本に肉薄し、収益面では逆に差をつける程成長しておりますが、これらは彼らの不断の努力(日本の技術を盗む)が実を結んだものと思います。課題は彼らが技術的に日本を追い越すことが出来るかどうかですが、サムスン電子や現代自動車の例もあり時間の問題なのかも知れません。
蛇足ながら私が過去に経験したその他の例ですが、スペインの場合は「技術は金を払って買えばよい。技術でトップを走るのは金がかかるだけ。先頭集団から引き離されないだけの最小投資を続けるのが賢明」と云うもので積極的に他より技術を盗もうとする気概は無かった様に思います。中国の場合、かっては日本との技術格差が大きすぎたため“おんぶに抱っこ”で全てを日本側に依頼(出来れば無償で…)する姿勢が主流だったと思います。
また日本側も中国に対しては驚くほど寛大で、出来るだけの事をしてやろうとの損得抜きのスタンスでした。
これは終戦時の中国側の敗戦国日本に対する対応が理由の様ですが、現在の日中関係を見るにつけ日本側の過去の誠意はあまり評価されていないのではないでしょうか。年々実力をつける中国は新幹線や電気自動車など先端技術分野を政治力やえげつない中国的策略を駆使して我が物とするやり方は今後韓国の上を行くものと思います。
経済や科学技術の分野で国際的に確固たる地位を築くには、最終的には国家の外交力に帰すると思います。日本の政治の現状を見ていると、正直将来がますます不安になって来るのを感じます。
おわり

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あれから一年(東日本大震災)

<あれから一年(東日本大震災)>
3月に入っても寒い日が続き、梅や桜の開花時期も例年に比べ遅くなっている様ですが、月末を迎えてようやく春の訪れが実感できる様になりましたね。
東日本大震災から一年、あの3月11日が再び巡ってきました。今でもあちこちで頻繁に余震が続いており、近い将来また大地震が日本を襲うのではと不安がよぎります。震災をここまで深刻なものにしたのはやはり福島の原発事故が元凶だと思います。最近になって明らかになってきた原発事故発生時の経緯は、我々の想像を遥かに超える危機的状況であった事がわかり改めて恐怖を覚えます。優秀なはずの日本人が何故あそこまで無能だったのか忸怩たる思いがしています。
以前にもこのブログに書いたことがありますが、福島原発災害に対する日本政府の取組みは結果論として間違っていなかったと私は言いたいと思います。もし一部にあった声高な“正論”に安易に組し、住民の健康や住環境を最優先するあまり極端な策に走っていたならば、我々首都圏の住人も難民化して数千万の人々が衣食住全般にわたり不自由な生活を長期間強いられて日本国そのものの存立も危うくなっていたのではと考えるからです。
菅総理大臣をはじめ時の政府首脳の原発事故への取り組み方が今も各方面から批判されていますが、原発事故後の国家,国民への影響を必要最小限に留めてくれた点において評価しても良いのではと思っています。
今回の大災害を通じて東京電力を筆頭とする国内電力各社の防災体制が如何にお粗末なものであったのか、原子力行政に携わる関係政府機関の能力が如何に危ういものであったのか、また各界のオーソリティ(御用学者)たちが実はほとんど頼りにならぬ存在であった事などが白日の下に晒された事実は今後の日本にとってむしろ良かったのではと思います。
狭隘な土地に人口が密集し、地震の頻発する不安定な国土の日本には、危険な原子力発電所の建設はもうやめるべきだと考えます。全国に54基ある原発を一挙に廃炉にするのは現実的でありませんが、今後計画的に稼動基数を減らし原子力発電の依存率を全体の四分の一程度迄抑え込む事は必要と考えます。
原子力発電に代わる安価でクリーンな新しい発電技術の開発は今後の日本にとっての最重要課題であり、これを実現させる事こそ日本の実力を世界に示す証明になると考えます。
Crocus
写真; 庭のクロッカス
<マーガレット・サッチャー>
米国女優メリル・ストリープは第84回アカデミー賞(主演女優賞)を受賞し世界にその貫禄を見せつけましたが、このたびその主演映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を見に行きました。
メリル・ストリープの出演した映画では「愛と哀しみの果て Out of Africa」,「マジソン郡の橋」,「マンマミーア」などが印象に残っていますが、今回彼女が演じたもと英国首相“マーガレット・サッチャー”は完全に彼女の魂がスクリーンに乗り移った鬼気迫る迫力がありました。
英国は第二次世界大戦の勝利以降国力は徐々に衰退し、その様は“英国病”と呼ばれ再起不能とまで言われていましたが、その国難を見事に乗り切った“鉄の女 サッチャー”の人物像は私にとって大変興味のあるものでした。彼女が英国首相に就任したのは1979年でしたが、丁度同じ年に私は会社の海外研修生としてヨーロッパに渡り、英国のBSC社(日本の新日本製鉄に相当)を訪問した思い出があります。
工場見学で訪れた圧延工場の設備は旧式なものが多く、従業員の平均年齢も高くどこか活気の無い無気力な印象を受けたのを覚えています。特に驚いたのは英国病を地で行く事務所内の雰囲気でした。ちょうどその日は金曜日の午後だったのですが、15時を過ぎると我々の相手をしていた連中(管理職クラスのエンジニア)の態度が急にソワソワしてくるのがよく判りました。「この連中は週末休暇の事で頭が一杯で、仕事を真面目にやる気があるのか? 栄光ある英国鉄鋼産業もすでに日本の敵ではないな!」と嘆いた記憶があります。
問題は彼らのやる気が全く萎えてしまっている事で、英国病からの回復は殆ど不可能な様に私には見えました。これは過去の栄光や成功体験があまりに大きかった事による反動なのでしょう。英国病は現在の日本に蔓延している閉塞感と相通ずるものがあると思います。訪問時の雑談のなかで新首相の印象について彼らに聞いてみたのですが、彼女の強烈なリーダーシップはぬるま湯に浸かっている英国人たちにはおしなべて評判が悪い様で「サッチャーはいずれ近いうちに政界から消え去るだろう」との冷やかな答が返ってきました。
当時、英国民を団結させ目を覚まさせた画期的な出来事は、1982年に勃発したアルゼンチンとの領土紛争“フォークランド戦争”であったと思います。英国はかって“日の沈まない国”と云われ最盛期には全世界に数多くの植民地を有していましたが、その中の一つアルゼンチンの南端にあるフォークランド諸島の領有を巡って争われた戦争でした。サッチャーは「領土とは国家そのものである」との単純明快な鉄の信念のもと、はるか遠方にもかかわらず国の総力を挙げてこの紛争と対峙し、一歩も引かない強いリーダーシップの下に全国民が団結し勝利を勝ち取った事実は記憶に残っているところです。
Margaret_thatcher
写真; 映画「マーガレット・サッチャー」
戦争中にアルゼンチン空軍戦闘機が英国海軍駆逐艦“シェフィールド”に発射したエグゾセ・ミサイル(仏製)が命中し、火災が発生、その後沈没するという事件がありました。私はその翌年、英国DAVY社(機械メーカー)との技術打合せでシェフィールドを訪れていたのですが、市内にある大聖堂で、同市名を冠した駆逐艦シェフィールドの追悼記念行事が行われていました。興味があったので中を見学したのですが、聖堂内には数多くの写真パネルや艦にまつわる記念の品々が展示され多くの市民が訪れ国家のために命を捧げた犠牲者を悼んでおりました。
私はこの様子を見て英国人の愛国心や団結力がフォークランド紛争を機に復活した様を確信した次第です。
日本でも中国との間で尖閣諸島の領有問題が燻っておりますが、中国側の身勝手な振舞いに対し断固とした態度が取れる政治家が日本のどこにも見当たらないのは本当に気になります。日本にはどうしてサッチャーの様な強烈なリーダーシップを持った愛国的政治家が現れないのでしょうか? たぶんその理由は日本人の平均的資質のレベルが世界トップクラスにある事が、逆に日本の政治家を甘えさせ駄目にしてしまっていると見ています。
昨今橋下大阪市長を中心とした「大阪維新の会」なる政治活動が注目を浴びておりますが、現在の日本の閉塞感を打破してくれる具体的動きとして私は大いに期待しています。
おわり

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